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鍛えと学びとその価値と(4)

「エメ……まだ起きてる?」


アルトの指導は本人が言った通り楽しかった。

ツェトラの初心者の域にも至っていない剣術を見ても小言を少しも言わず、改善すべき点を優しく教えてくれた。


長い時間をかけて"星"を持つ者たちと同等の力を手に入れた彼女にはこれからも学ぶべきところがたくさんあるだろう。

それはそれとして──身体も全く疲れていないかと言えば、決してそんな事はないわけで。


疲れ切っているのに眠れないと言う困った状況に陥っているツェトラは、同じベッドに身を横たえている親友に、助けを求めるかのように話しかけた。


「どうされましたか」

「考えごと、してたの」

「お聞きします」


母が教師のように物事を教えてくれたし、本を読んで楽しく勉強したこともたくさんある。

けれどツェトラは、アルトが講義の最中に尋ねてきた質問に答えることができなかった。


『何のために学び、自分を鍛えるべきだと考えているのか』

そのままで充分に魅力的だし、他の人に任せられることは任せる姿勢でも大丈夫だと前置きしてくれた上での問いかけだった。

言い方もとても穏やかだった。


が、この質問は、ツェトラを困惑させるには充分だった。


さんざか迷った挙句あげく辛抱強しんぼうづよく待ってくれた優しい講師に、

『まだ、なんとなくとしか言えません』

ずるい大人達が使うような、ありがちな逃げ口上こうじょうを持ち出すしかなかった。


結局は、自分の中に渦巻いているはずの感情や言葉を、思うように声に乗せることが、またしてもできなかったのだ。

自分の手でそれらに形を与えてやらなければ、いつまで経っても心に鈍い痛みをもたらし続けるだけだと言うのに。


エメの前でしか本音を話せなくなってしまったらどうしようか……と自分で思ってしまうほど正直に、ツェトラはとつ々と、だが思いつく限りの言葉を吐き出した。

泣きはしなかった。

けれど、弱音を吐いてばかりだと叱られてしまいそうで。

見限られてしまいそうで、怖い。


「ツェトラ」

エメリットが名前だけを呼んでくれる時は、親友の心が落ち着き、整っている時だ。

ツェトラにとっては、大好きな親友に思い切り甘えても良い時だ。

身じろぎして近づくと、"星"の指輪をはずした手で、音がするかと思うほど強く抱き締めてくれた。


「答えのない課題をもらいましたね」

「うん。ずーっと考えちゃいそう。いいカモだわね」

「そうですねぇ」


吸血鬼ヴァンパイア半龍人ドラグーン妖魔ミスティックなど、腕力よりも知力にって立つ(例外あり)魔族たちには、一般的に短所とされる一面がある。

それは、自分達にあこがれに似た感情を本能的に抱く人間族ヒューマンという種族に、たちの悪い質問を投げかけてくることである。


「眠れなくなるくらいは良いですけど……。あんまり深く考えると胃が痛くなりますよ。カーティスさんとかディートリンテさんの料理、食べられなくなっちゃいますよ?」

「う……それはだ」

「そうでしょうとも。あたしも、特製クッキーをおいしく食べてくれるツェトラさまがいないと、料理を作っても張り合いがありませんからね」


考えてはいけないなんて、悩んではいけないなんて、エメリットは一言も言っていない。

胃腸の調子を悪くさせてやろう、などという意味のない意地悪を、アルトはする人ではない。


頭の片隅、帝都で買い込んだノートのはしっこ。

どこにでも『何のためにそれをするのか』という疑問を置いておけばいい。

いつか分かる時が必ず来る。

12歳であることは、ツェトラ達の利点なのだ。


「あたしはおうちの事が気になってしょうがないんですけど」

「ですよねー」

本来、気にするべきはまず住居のことである。


拒まれてもいいくらいの軽い気持ちで頼んでみたら、筋力・魔力自慢の冒険者達が、ツェトラ達の小さな家を、突貫工事でギルド所有の空き地まで運び込んでくれたのだ。

住んでいた土地の権利とその空き地の権利を、物々交換みたいに気軽に売り買いして、とりあえず懸案事項だったはずの"どこに住むか問題"はあっさり解決を見たのだった。


「ほとんど冗談のつもりだったんだけど……まあ、慣れてる方がありがたいよね」

「案外、どうにかなっちゃうものなのかもしれませんよ」

あまり心配しなくてもいいのだというようなことを言われ、やさしく頭を撫でられているうちに、考えごとの好きなもと姫君は眠りに落ちて行った。

どうやって親友のメイドにむくいたものかと、考え込む夢を見て。

2021/10/18更新。

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