赤き龍の宴(1)
夕刻までに森から家へ戻った後は、早めに夕食を摂ってしっかり休息をとった。
ツェトラは余計なエネルギーの消費を避けるために早寝を心がけているし、エメリットも効率よく家事を終わらせて、あるじと同じ時間にベッドに入れるようにしている。
きちんと稼げるようになるまでは、他の人より幾らも省力して暮らすと決めた。
これから何をするにしても、自分達には誰かの手助けが必要だ──小さな主従の認識は一致している。
まだ迷いはあるけれど、滅多にないチャンスをもらってもいることだ。
明日は帝都の中心部まで出向くと決め、はやる気持ちを収めて眠った。
あるじよりも少しだけ早く起きる習慣のあるメイドが朝食と軽い弁当を作り終えた頃、ツェトラもいつも通り起きだした。身支度と朝食を手早く済ませ、準備を整えてから庭へ出る。
今日が来るのが楽しみだったと言いつつ、仔馬に2人乗りする。手綱を持つのはツェトラの役割である。
彼女の馬の扱いが上手というよりは、馬の方がよく乗り手の意志を理解してくれると言った方が正しい。
言葉での意思の疎通はできない(あえてそうしていないだけかもしれない)が、もと姫君と灰色の仔馬は随分と気が合うようだ。
烈風のごとく駆け抜ける馬の背に揺られること暫し。
ツェトラたちは帝都で最も有名な冒険者ギルド『赤き龍の宴』の館にたどり着いた。
建物に入るとすぐに対応してもらえた。
プリムローズと名乗った受付嬢にウッドローブからのメモを見せ、彼女の案内を受けて2階へ上がる。
「少しだけ待っていてくださいね」と柔らかい声で指示され、素直に従ってふかふかのソファに座った。
しばらく雑談しながら待っていると、豪華な仕立てのコートとズボンを華麗に着こなした小柄な男性が窓から入って来た。
小さいが頼もしい背中には、龍族の翼がある。彼がこのギルドの長であろうか。
「俺はギルド長代理。いきなり驚かせようと思ってたんだけど……難しかったみてぇだな」
さすがは王族だぜ、と軽く言いつつ、ギルド長代理の青年がアイテムボックスから籐椅子を取り出して座る。
「あれ、なんで黙ってんだー? ははぁ、さては俺また何かやっちゃったかぁ?」
「初対面で申し訳ないですけど……さすがに今のはわざとらしいですよ。わたしはツェトラと申します、貴公のお名前を賜りたく存じます」
陽気に"物語の主人公にありがちな"言動をとった(美しい銀髪を軽く引っ掻いて見せたあたり徹底している)青年に対し、ツェトラはあくまで丁寧な態度を見せる。
彼なら色々と察してくれそうだと思ったし、実際にその通りであるようだ。
スベったかぁ、などと負け惜しみを口にした青年が、すっと真面目な表情を浮かべて立ち上がる。
「失礼いたしました。当ギルド『赤き龍の宴』が長ヴァルトラウテより留守を任されております、ジュリアスと申します。以後お見知り置きください、ツェトリア=ロートシュテルン皇女殿下」
彼は自分が捨てた名を知っている。
やっぱりだ、と思った。
我知らず微笑んだツェトラの手を、だがジュリアスは取ろうとしない。
必要以上に近づくつもりはなく、まして騎士のように仕える気もなく──まあ、こちらの気が向けば、友達くらいにはなってくれそうな程度だろう。その方が気が楽だ。
直感だとでも思えればいいのだろうが、小賢しい推理を披露してみようという気になった。
先ほどの悪戯の意趣返しのつもりで口を開く。
どこまでも冷静に振る舞いはしたものの、ツェトラときたら実はかなりびっくりしていたのである。
「こちらの思うところを読み取るだけでなく、そちらのお考えをこちらに伝える事まで出来るようですね。わたしと組んで皇帝にケンカを売ってみませんか、ジュリアス殿?」
「それはなかなかに魅力的なお話──ですが、やめておきましょう。さすがの俺も3人の皇帝陛下がおそろしい。もちろん善戦する自信はありますがね?」
余裕たっぷりにウィンクなどしてみせる。
切れ長の眼の中に晴れ渡った青空を持つ美男子が、ふと肩の力を緩めた。
駆け引きの小芝居はおしまいだ。
豪華なテーブルを取り出して再び着席し、天板に気楽に頬杖などついてみせる。
「話しづらい事ばっかりなんだろうから何も訊かねぇ、考えも読まねぇ。ツェトラはここに何をしに来たんだ」
「何をしたらいいと思います?」
「……は?」
2021/9/20更新。




