赤き龍の宴(2)
「いえね、目標は決めてあるんですよ。親友のエメリットと一緒に、誰よりも幸せになりたいのです。そのために必要だと分かるから、今の自分よりは強くもなりたい。──貴公にはお分かりでしょうが、目標ばかりが立派でして」
「考えを読まないと言った。否定も肯定もしない。あんたの言葉で、あんたの話せるところまで語ってくれりゃあいい」
「ありがとう。考えてみたのですが、おそらくこれから何をしようとしても、わたし達ふたりだけでは足りないだろうということだけが分かっています。わたしは一身上の都合で両親の"星"の力を放棄してしまっていますし」
「2人で居ればいいような気もするけどなー」
「気持ちとしては、もちろん」
「……けど、やっぱり、あたしじゃ不足な部分もどうしてもありますから」
平然と自らに対する好意を口にする主人の態度に大いに赤面しつつ、エメリットも控えめに言葉を選んだ。「できれば、冒険者の皆さんの力をお借りしたいと思っています」
「予算の方は」
「こちらに」
まず鑑定をして頂かねばなりませんが……と言いながら、ツェトラが10種類の宝石細工の入った宝箱を取り出す。
ジュリアスはすぐに「外箱だけでも売れば、腕のいい奴らを2人は専属にできるぜ」と軽く請合った。
『ひねくれシャダル』の手になるからくり箱をちょっと見ただけである。
「全部、売っていいのかい」
「貴公にお任せします。わたしの手にはいくらも余る瑞宝です。所有者が分かっていれば、その方と深き縁があるならば、自分で所有しているのと変わりないでしょう」
「貴族らがみんな、ツェトラみたいな考えならいいのにな」
「それはそれで面白くないんじゃないかしら。いろんな人がいるから良いのではなくて?」
それもそうだわな、と再び軽く請合った青年が、「大事に預からせてもらう」と誓って、アイテムボックスに宝箱をしまい込んだ。
「さて……そんじゃ、さっそくギルド会員の名簿でも見てもらおうかね」
どうやらジュリアスはギルド長代理などと謙遜しつつ、実のところ『赤き龍の宴』の全権をちゃっかり預かっているようだ。
整いまくった顔をにこりと笑み崩しながら名簿を取り出してテーブルに置く。
職業ごとに丁寧に整理して書かれた名簿はプリムローズ嬢の手書きと思われた。彼女がつけていた名札の字と名簿の文字がそっくりなのを、エメリットが発見したのである。
ツェトラは文字を書くのが下手だと思い込んでいることもあって、受付嬢を右筆として引き抜きたくなった。
しかし、彼女を欠けば、このギルドの事務処理能力はガタ落ちになってしまうに違いない。
内心で残念に思いつつ諦め、できるだけ歳の近いギルド会員を探して名簿をゆっくりとめくる。
16歳の新人、年齢不明の妖魔族、かつて世界を渡り歩いた勇者──さまざまな種族・年齢・職業の人員たち。彼らのプロフィールに目を通す中で、ツェトラとエメリットが同時に、ある1人に目を留めた。
ニアリングという名前と、種族と年齢以外のことが全く書かれていないのである。プリムローズ嬢がそのようなミスをするとは思えなかった。
「その娘かい?」
「どのような方でしょうか」
「かわいい」
「写真を見れば分かります。人となりとか、そのあたりですよ」
「ごく最近、加入したばっかりだ。無口な子でな、もと帝国騎士らしいが辞めた理由までは知らん。第2騎馬兵隊に居たみたいなんだけどな」
ツェトラはジュリアスの話を信用して聞いているが、ニアリングという人についての話に疑問を挟む余地がないかと言えばそうでもない。
不自然だとまでは思わないが、何となく、説得力が足りない気がするのだ。
国に仕えるべく身体と心を鍛えてきただろう人物が、何の動機もなく名誉ある騎士の職を離れる。
何かしらの理由がある方が自然だし、それを目の前の青年が確かめていない訳もない。
そう結論付けて、おだやかに疑問を呈してみた。
不思議に思ったことを確かめずにおかない好奇心が、確かにツェトラにもあるのだった。
ジュリアスは何故か得意げな顔になると、素早く遮音結界を展開した。
「あんた達を守るために、陛下たちから特に選ばれて遣わされたそうだよ」
「……そういうことですか」
灼土帝国騎士団第2騎馬兵隊といえば、つい先日、戴冠式を終えたばかりのヴィルジーナ陛下が以前から率いている部隊だ。
特に3姉妹の末姫は、冷静な言動の下に燃えたぎるような情熱を秘めた皇帝である。
遠く離れてなお、自分達をご心配になって手を尽くされたとしても不思議はない。
考えだけでなく行動まで読まれていたかと思うと、ちょっとだけくやしいやらゾッとするやらの心持にならなくもないのだが……。
「いらん世話だと思えば断ればいい、ニアリング嬢にも帰る場所は用意されてる。まあ俺としちゃ、ご好意を受けて損することはないと思うけどな」
2021/9/22更新。
2021/9/23更新。




