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逃走忍者

「さて、逃げようか」



 懸念だった魔力の塊を倒せた以上、ここに残る理由はなくなった。


 というよりも、むしろ逃げる理由しかない。僕は犯罪者だし、師匠は死刑囚だ。

 僕は今ので魔力をほとんど使い果たしたし、正直すごく疲れた。

 王都が誇る騎士団に本気を出されたのなら、抵抗できないかもしれない。



「クラーク! 平気か?」


「おうさ!」



 瓦礫の山から、クラークが飛び出す。

 僕の身代わりに吹き飛ばされてしまったので心配していたが、流石に魔族というべきだろうか。随分と元気だ。



「船はもう用意できてるぜ」


「案内してくれ」


「アラン! アラン、なぜ私を抱える!?」



 なぜって、そんなの勝手されたら困るからに決まってる。

 本当なら、師匠はもう逃げられてるはずだったんだ。もう勝手はさせない。



「私も手伝うわ」


「……フローレス」



 意外だった。

 これ以上協力を得るという事は、フローレスの立場を危うくするだろうからだ。



「やめた方がいい。今なら、君はまだ協力者であるとバレてない」



 賢者邸を壊したのがフローレスだとは、恐らく誰も気がついていまい。グレゴリーは気が付いていたかもしれないが、死んでしまったのなら関係がない。



「あら、それは今更よ。私は貴方を匿っていたのだから、その貴方が事件を起こしたのなら私が協力関係にあるなんて一目瞭然じゃない?」


「それなら心配しなくてもいい。ちょっとした細工をしているから、君が僕の独断だって言えばそれで通るだろう」


「細工……?」


「うん。ちょっと玄関周りを壊してきた」


「ふざけんなよ!?」



 まさか、協力関係にある人物の建物を壊したりしないだろうという心理をついた完璧な偽装だ。

 それを見た人間は、僕が無理矢理に外へ出たのだろう、と思うに違いない。



「じゃあ、そういう事だから! 今日はありがとうね!」


「ま、待ちなさい! ちょっと……もう!」


 急がなくては、きっと追手が来る。

 もう魔法とスキルが使えるようになっている事など、すでに気が付いているだろう。

 この街中の惨事はほとんどグレゴリーの仕業だが、多分僕のせいにされる。


 ここにいる時間は、一秒でも短くしなくてはならない。



 ◆



「で、なんでいるのさ……」


「そうじゃ! 何故おるのじゃ!」


「実際何でいるんだ?」


「そんなに邪険にしなくても……」



 いや、なんでいるのさ。

 フローレスは、結局僕達のすぐ後ろを走ってきている。



「いや、僕は一応気を遣ったつもりだったんだけど……」


「気を遣って家壊すとかあり得ないでしょ! その話は終わってないわ!」


「いや、それは半分嫌がらせだった」


「なんでよ!?」



 コイツおちょくると面白いな。

 虐められてた時は、こんな軽口を叩くなんて思いもしなかったから知らなかった。


 ちなみに、家を壊したのは嘘だ。

 ちょっと部屋を散らかしたくらいだが、ふざけて大袈裟に言った。



「貴方は、私の夫なのよ。心配するのがそんなにおかしいかしら?」


「そうじゃった! アランこれはどういう事じゃ! 私は聞いておらんぞ!」


「そうだろうね、僕も聞いてなかったから」



 聞いてないうちに結婚していた。

 別に恨み言を言うつもりはないが、僕のせいではないのは確かだ。



「意味が分からん! 詳しく聞かせ……る時間はなさそうじゃな」


「……ああ、もう来たのか」



 師匠が急に落ち着いたのがシュールでちょっとビックリしたが、言っている事は間違いがない。

 背後からは金属がカチカチとされる音が聞こえており、振り返れば何人もの騎士や兵士が走ってきている。


 追手である。

 主人を安全な場所へと送り届けた者どもは、次に手柄を立てようと僕達を狙う。


 港に着く前に見つかったのは、かなりマズい状況だ。

 船を出す準備をする時間が取れない。



「それでも逃げ道は港にしかねえぞ!」


「分かってる! このまま道は変えない!」



 兵士達は、だんだんと増えているようだった。

 次第に先回りされるようになってきて、走りながら蹴散らすのはなかなか骨だ。四人がかりとはいえ、グレゴリーと戦った後ではかなり堪える。


 皮肉かもしれないが、フローレスが助けになった。

 僕が言った通りに彼女が帰っていれば、僕達は道のりの半分も進んでいられなかったろう。



「港だ!」



 先導するクラークに続く。どの船が逃走用か知っているのは彼だけだ。



「これだ! すぐに準備をする!」


「了解……っ!」



 クラークが船に乗り込み、僕はそのすぐ目の前で足を止める。

 この場所で、相手を足止めしなくてはならないからだ。

 師匠は船に放り投げ、背後でこちらに敵意を向ける集団から少しでも遠ざける。


 さて、どれだけでも相手をしてやる。


 そう思い……



「じゃあね」



 ……振り返った瞬間にかけられたのは、そんな言葉だった。


 フローレスは、足を止めずに僕を抱える。流石に勇者というべきか、その細腕に似合わない力で軽々と持ち上げられてしまった僕は、つい今し方僕が師匠に対してしたように放り投げられてしまった。


 そして、フローレスは船を蹴る。

 船と港をロープで結んでいた船止めを破壊し、船はフローレスがつけた勢いのままに出航した。



「フローレス!」


「小娘!」



 いや小娘って……


 フローレスは、こちらに返事もせず背中を向ける。

 彼女の前には、殺到した兵士達。なんのつもりでこんな事をしたのか、説明など必要あろうはずもない。


 勇者の脚力で押された船は、見る見るうちに港を離れていく。

 やがて波に乗り、何もしなくても沖へと流されるようになると、僕ら三人はその場に座り込んだ。


 二度と立てないのではないかと思われるほどの疲労。

 それは、安堵と背中を合わせたものだ。


 しかし、素直に喜ぶ事はできそうもなかった。



「これでは礼も言えんな……」


「勇者に礼を言おうなんて、思いもしなかったぜ……」



 また魔王軍の二人がそう言う。

 複雑な感情なのは、二人も同じなのだ。



「……やっぱり、大嫌いだ」



 二人には聞こえないほどの声で、僕は呟く。


 勇者で、次期当主で、国を背負って立つ逸材で、しかし、それは今この瞬間に全て崩れた。

 彼女のその行動が全て僕のためになされたのなら、やはり僕は彼女の事が大嫌いなのだ。


 やがて、王都の港は見えなくなる。

 空は快晴。海は果てしなく、追手はなし。


 この安堵は、僕の大嫌いな人間の、大嫌いな行動でもたらされたものなのだった。


 この礼は、一生届く事はない。

 届ける気はなく、届くはずもない。


 しかし、せめてさらばと言えばよかった。


 彼女の背中に、たったそれだけを——

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― 新着の感想 ―
[一言] 知らない間に奴隷契約(違)を勝手に結んだんだし、一方的に破棄しても何も問題ないよね!
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