追憶勇者
「それで、そのニンジャさんはどうなったの?」
「さあ、それはお母さんも知らないのよ」
十年。
長いようで短い間だ。あの時の闘技大会から一ヶ月くらいの方が長く感じるほどに。
私が問われた罪は国家反逆幇助及び反逆者の逃亡幇助。辛うじて殺人には問われなかったものの、私が貴族でなかったなら極刑も考えられる程の重罪だ。
当然家督を継ぐ事などできず、家からは追い出された。
田舎の別荘を与えられ、そこからは一歩も出られない生活を命じられた。
飼い殺しだ。
勇者という存在を失うのは惜しいが、私を自由にするのはごめん被る。そんな感情が透けて見えるようだ。
「お嬢様」
「ああ、アンナ。私はもう貴族ではないのよ?」
この屋敷にいる唯一の使用人がアンナだ。
決して狭くはないこの建物の全てをこなす彼女には、どうしても頭が上がらない。
かつての、たまに憎まれ口を叩き合うような仲からは考えられないほど穏やかな関係だ。私が随分と落ち着いたためだろう。
「私にとって貴女は、いつまでもお嬢様です」
「……ありがとう。それで、何の用かしら?」
「はい、クラーク様と奥方様がお見えです」
「そう、通してあげて」
クラークは幸運だった。顔を見られていないのだ。
いや、厳密には彼の顔を見た者などいない。私を含めて。
ともかくとして、彼はその種族的性質により、罪を問われる事はなかったのだ。国家反逆者四人の内の一人は正体不明という事になっており、未だに国家規模の指名手配犯であるにもかかわらず、彼は自由な行動を約束されている。
今では、こうして夫婦揃って顔を見せてくれる事もある仲である。
その後無事に家督を継いだお兄様以外では、クラークは唯一私に会いに来てくれる人物だ。
「おじちゃんが来るの!? やったー!」
「貴女はクラークが大好きね」
「うん! おじちゃん優しいもん!」
そよ風を肌で感じ、暖かな匂いが体を包む。
地面が、草が、太陽が、石が、私を包んでいる。
あの頃からは考えられないほど穏やかな時間だ。王都では血迷って立場を捨ててしまったウツケ勇者と呼ばれているが、私は今の自分の方が好きだ。
何より余裕がある。
風の匂いなど、あの頃は感じられなかった。
「おう、勇者の嬢ちゃん。邪魔するぜ」
「お邪魔するね」
「クラーク、奥さん。よく来てくれたわ」
こうして暇を持て余す私を気遣ってか、彼らはここに遊びに来る。
漁に出るついでなのだというが、理由は優しさだろうと感じる。
私はよく知らないが、漁師とはそんなに暇ではないだろう。
「おじちゃん、お話しして! ニンジャさんのお話し!」
「お、いいぞ! 何が聞きたい?」
「悪いわね、相手させちゃって」
聞くと、クラークは暮らしていた港町へ戻る途中でアラン達を降したらしい。
魔界。彼ら自身がそこでいいと言ったのだそうだ。
それ以降は、私と同じように一度も会っていない。何処で何をしているのか、生きているのかすら分かりはしないのだ。
「もう二度と、会わねえんだろうな」
「でも、どうせ生きてるわ」
「生きてるだろうとも。殺しても死にゃしない連中だ」
アランに関して言うならば、追放された時に死んだと思ったけれど死んでいなかった。
エルフの子に関して言うならば、処刑までされそうだったのに死んでいない。
どうせ世界の何処かで生きているのだろう。
私とは二度と合わないような場所で、平然と、楽しげに。
それが、何の根拠もなく確信できた。
「あの人達ってそんなに凄い人達なの?」
「あぁ、そうか。お前は客としてしか会った事なかったな」
客として。
確か、奥方は宿を経営していると言っていたか。
アラン達は、そこにお客だったのだろう。
「じゃあ、話しましょうか。暇を潰すには丁度いいわ」
「アイツらの話ならいくらしたってし足りねえや」
今日何度目かになるニンジャの話。
クラークの言うように、いくら話しても話し足りない。
「じゃあ、俺が千年前から話してやるよ」
「へぇ、それは私も興味あるわ」
この日は、彼らが帰る事はなかった。
うっかりと花が咲いてしまった話は、簡単に夜なんて越してしまうのだ。
こんな大した事のない時間が、これ以上になく愛おしい。
楽しくて、仕方がなかった。
——了




