覚悟忍者
「アラン!」
フローレスの呼ぶ声が聞こえる。
しかし、反応する気にはならなかった。
何もする気が起きない。
何かをする理由を、僕はなくしてしまった。
「アラン! 返事はしなくていいわ、ただ聞いていて頂戴!」
「…………」
どうしたんだ?
ここ何日かはいつもそうだっただろう。
君が一方的に話しかけてきて、僕はそれを聞き流す。
君はいつも、僕に話しかけるんだ。
僕はいつも、それを無視しているんだ。
しかしいつになく、フローレスは真剣に思えた。
もちろんそんな事で一々興味など持たないが、少なくとも不思議だとは思った。
まあ、それだけでしかないのだが。
——たった今までは。
「マニエルド・狂エルフの処刑が決定したわ!」
「……っ!!」
一瞬で、僕は戻ってきた。
虚と現の狭間で彷徨っていたというのに、簡単に舞い戻ってしまった。
僕の反応を見て、フローレスの表情が険しくなる。
「やはり、貴方といたエルフの事なのね……」
「……そうだ」
そうか、フローレスは知らなかったのか。
どうやら師匠の事は知っているようだが、流石にその名前までは。
「陛下と賢者の連名で、処刑への参列が命令されたわ。明後日、貴方の師匠は殺されてしまう」
なるほど、賢者か。
賢者が捕らえたエルフという事なら、確かに師匠と関連付けてもおかしくはない。
ここは人間の国なので、エルフの犯罪者などそうそう出るものではないのだから。
——しかし。
「知りたくなかった……」
「え……?」
「知りたくなんてなかった。師匠が死ぬなんて! 知らなかったら、希望が持てたのに!!」
自分でも、卑屈だと思う。
しかし、不可能なのだ。
既に試し、失敗したのだ。
賢者に勝つ方法はない。
僕が身をもって証明してしまった。
あまりにも無力。あまりにも非力。
僕は何をしようとも、師匠を助ける事などできない。
だから、知りたくなかった。
知らないままでいたかった。
師匠が殺されるまでの二日間、僕にできるのは苦しむ事くらいだ。
僕のせいだ。師匠が死ぬのは。
僕が下らない復讐心なんかのために王都に来なければ、師匠が捕まるような事もなかった。
僕がいなければ、師匠はまだカログラット大森林で暮らしていたのだ。
全ては、僕のせいなのだ。
「落ち着きなさい!」
不意に、フローレスが叫んだ。
「まだ死んでいないでしょう! 手はある! 遅れてはいない!」
「ないんだよ! もう無理だ、助けられるはずがない! ヤツは無敵なんだ!」
「ただ一度の失敗で、よくも諦められたものね! 貴方の師匠に対する思いなんて! その程度だわ!」
「よくも……っ!!」
思わず、飛びかかった。
何日か振りに立ち上がったために体幹を崩し、転びそうになりながらフローレスの胸ぐらを掴む。
とてもではないが、無視できるような言葉ではなかったのだ。
「僕がどれほどの力を絞ったのか! 君に分かるわけがないんだ! ヤツにどれだけ打ちのめされたのか! 君は知らないんだ! もう二度と歯向かえないほど完膚なきまでにやられた事がないから!」
「離しなさい!」
僕の手は、フローレスに簡単に振り払われてしまう。
勇者の力を持つ彼女に、僕が腕力で敵うはずがないのだ。それが分かっているから、闘技大会でも不意を打つような事をした。
彼女ほどの実力者に、僕の気持ちなんて分かるはずがない。
「見てみなさい! 貴方の力なんてそんなものよ! 貴方が絞った全力なんて、たかが知れてるわ!」
「言われなくても分かってるよ! こんな僕じゃあ、師匠を守る事も助ける事もできるはずがないんだ!」
「なんでよ!!」
「…………っ!!」
驚いて、言葉に詰まった。
大貴族であり、勇者であり、将来を約束された傑物であるフローレスが、涙を流した。
一体なんなのか分からずに、僕はただ彼女を見ている。それしか、できなかった。
「なんでできないなんて言うのよ! なんで自分じゃできないなんて……! 貴方の全力でできない事でも、不可能じゃないかもしれないじゃない!」
思い出したのは、マグナ・ドラゴとの戦いだ。
アレは僕が見た中でも最高の化け物で、今もう一度戦っても勝ち目がない。
師匠をしても、そうだろう。
僕か師匠か、どちらか片方だけでは命が無駄になっていたに違いない。
アレは、僕と師匠、二人の勝利だった。
「き、君が助けてくれるって言うのか……? 勇者である君が。貴族である君が。賢者に逆らうと……?」
「そう言っているのよ。この私が力を貸すのなら、貴方程度で倒せなかった相手でも倒せるかもしれないでしょう」
そういえば、フローレスとこうして本音で話したのは初めてかもしれない。
嫌味を言われる事や罵倒される事はあっても、怒鳴られたのは初めてだ。
僕自身、彼女に苦手意識を持っていた事もあり、こんな対話をした事はなかったかもしれない。
「準備なさい! 私がいる以上、失敗は許されないわ!」
頬を赤らめてそう言うフローレスは、何よりも頼もしく感じた。
間違いなく国内最強の勇者フローレス・ハミルトン。その助力を得られる事が、ここまで頼もしいとは。
「ありがとうフローレス。感謝が尽きないよ、君の事は大嫌いだけど」
「一言多いわよ!」




