保護勇者
あまりに、痛ましい。
あの話をして以降、アランは随分と塞ぎ込んでしまった。
私は、自分が正しい事だと判断した事をした。
アランを助ける上では、これしかないと思った。
しかし、あんな様子のアランを見るのは辛かった。
次第に口数は少なくなり、気力をなくしている。
そしてとうとう三日前からは、ほとんど動く事すらしなくなっていた。
一日中ベッドの上から降りず、ただ外を見ている。話しかけても反応を示さない事も多く、時折する瞬きがなければ人形かと思うほどだ。
食事など、ほとんど手をつけない。
守れなかった事が、それほどに辛いのだ。
あの時、私はどうするべきだったろうか。
私が全力で戦えば、賢者を倒す事ができたろうか。
そうすれば、二人は今頃平和な日常を歩んでいたに違いない。それが、最善であるかのように思われる。
しかし、それはできなかったろう。
勇者の直感が、ああするべきだと判断したのだ。
つまりは戦うべきではないと。あのようにおさめるべきであると。
それはすなわち、敵対の拒否。
あの場で賢者に歯向かう事は、避けるべき事態だったのだ。
……いや、あるいは言い訳だろうか。
アランが師匠と慕うあの少女に、嫉妬したのかもしれない。
二人を助ける事によって再びアランを失う事を、無意識下に恐れていた結果かもしれない。
もしそうならば、なんと浅ましい事か。
私は自らの下らない欲求を満たすために、いたいけな少女を見殺しにしたのだ。
自らの浅ましさに反吐が出そうだ。
アランと結ばれる事をあれほど望んでいたというのに、今はこれ以上になく気分が悪い。
「アラン、食べないと体に悪いわ」
アランの口元に、スプーンを差し出す。
今朝の食事は、パンとスープだ。
そのどちらも我が家のシェフが手掛けた最高品であり、見た目の質素さとは裏腹に貴族が口にするに相応しい物である。
「ああ、また溢してしまったわ。ごめんなさい、すぐシーツを変えるから」
焦点の合わない目で口を開くので、アランに食事を摂らせるのは一苦労だった。
いつだって口から溢し、シーツを濡らす。
仕方がないので、私はハンカチを手放さなくなった。
「フローレス……」
「! なぁに? どうしたの?」
アランが三日ぶりに口を開いた。
会話もままならないほどにやつれてしまったのかと思っていたが、確かに言葉を発した。
「私はここよ。どうしたの?」
名前を呼ばれた事が嬉しくて、つい詰め寄ってしまう。
いけない。できるだけ優しく話さなくては。
「……なんで僕だけが生きてると思う?」
「…………」
泣いてしまいそうだった。
彼も、私も、大粒の涙を流すところだった。
僅かに回復の兆しが見えたのかと思った。
愚かしい。その逆だ。
アランは、日に日にその精神を削っている。
「ごめんなさい。私のせいね……」
「…………」
まともな会話とはいえないのかもしれない。
しかし、それで充分だ。
それだけで、アランがどれほど辛く感じているのかを知るには充分なのだ。
「私、少し出るわね。何か用があれば、使用人に言って頂戴」
アランがこうなってからはほぼ四六時中一緒にいるが、部屋を出る時はいつもこう言っている。
アランが何かを要求する事など一度もなかったが、しかしいつか回復する事を望んで。
「…………」
急いで部屋から離れた。
声が聞こえないように。
何も、感じられないように。
向かったのは、私の部屋だ。
ここが一番落ち着ける。私だけの居場所。
そこで、ひたすらに泣いた。
声を上げずに、瞬きもせずに、ただ肩を震わせて涙を流した。
私のせいなのだ。私が、醜くも彼を貶めてしまった。
あんな少女に嫉妬して、アランが望む幸せをこれ以上になく壊してしまった。
アランが自分の物になどならないと、なぜ理解できなかったのだろう。
こんな醜い私の事など、アランが好いてくれるはずないのだから。
いつか、アンナが言っていた通りだ。
「お嬢様……」
「……アンナ、入る時は一声かけなさい」
「いや、かけましたが」
「…………」
全く気がつかなかった。
勇者の直感って、意外に頼りない。
「泣いておられたのですか?」
「泣いてなんかないわよ、馬鹿にしないで」
「いやその顔で言われましても……」
腕で目元を拭うと、なるほど涙でべっとりと濡れている。肌に袖が張り付いて不快だ。
「そんな事よりも、何か用があるんじゃあないの? だから入ってきたんでしょう?」
そうでなければ、私が泣いている部屋に勝手に入ったりはしない。
アンナは優秀な従者だ。
……いや、別に泣いてないけど。
「はい。先程、ご主人様へ書状が届きました。内容をお嬢様にもお伝えするようにと」
「私に? 何かしら?」
「『明後日、城下の大広場で公開処刑を行う。この書状を受け取った者は必ず参列されたし』との事でした」
処刑への参列。
これ自体は、珍しい事ではない。
名のある貴族が参列するという事は、つまりそれほど注目を集めている事の証左だ。
つまりは、それほどの巨悪を処刑するのだという強調。
順序が逆になりはするが、それを表すために貴族に書状を出す事はよくあるのだ。
しかし、正直言うと参加したくない。
「お断りしたいわ。私はアランの世話をしなくてはならないもの」
「いやしかし、この書状は賢者様と国王陛下の連名で出されたものです」
「それは……断れないわね……。一体誰の処刑だというの?」
この国の最上位二名による連名。
これ以上の強制力を持つ命令は他にあるまい。
それだけに、捕まったのは一体何者なのかという事が気になった。
あの賢者の事だ。並の小悪党などチリにも満たないような巨悪を捕まえたに違いない。
しかし、あまりにも動きが早いように感じた。
私がアランを保護してから、まだ一ヶ月も経っていない。
あの怪しげな老人は、闘技大会優勝者とその師匠を打ち負かしてから数週間程度で極悪人をも捕まえたというのだろうか。
いくらなんでも、生き様が忙しなさすぎる。
……いや、現実逃避はやめにしよう。
ほとんど分かっているのだ。
とてもではないが、そうでない方の可能性の方が、遙かに低いと言わざるを得ない。
平然を装い、アンナを見る。
覚悟を決めたのだ。とうとう。
「魔王軍残党、マニエルド・狂エルフだと聞き及んでいます」
エルフ。
私は彼女の名前を知らないが、コレで完璧に確信できた。
覚悟はとうとう決められた。
もう、涙は流れていない。




