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庇護下忍者

「……師匠っ! ……?」



 目を覚ました場所は、賢者の屋敷ではなかった。


 天蓋つきの温かなベッドと、日差しを存分に取り入れる大窓。職人芸ともいえる細やかな壁紙と、踏む事が憚られるほど高級な深紅(ふかべに)色の絨毯。

 そのどれ一つをとっても、全てが最高品だ。

 これほどの物を集められるのは、貴族の中でも上位の人間だけだろう。


 しかし、僕はこの部屋に覚えがあった。



「起きたのね……」


「……フローレス」



 そう、この場所は、ハミルトン家の客室。

 かつては、僕も何度か入った事がある。



「僕は何でここに……」



 賢者の屋敷に行った事は覚えている。

 その後、怪しい部屋に通された事も覚えている。


 その後は……どうだろうか?


 確か……魔王の、魔核? そんな感じのものがあって……賢者と戦ったのだったか……?


 なら、何故僕はここにいるんだ?


 師匠は……一体どこ、に……?


 ——っ!!



「師匠……っ!」



 思い出した。

 師匠は、賢者に捕らえられたのだ。

 僕はそれを救おうとして、まんまと仕損じた。


 恐らくは、あのまま解放されたりなどしないだろう。



「助けなきゃ……!」


「落ち着きなさい! アラン! 貴方は今、この屋敷からは出られないわ!」



 まだ痛む体を起こそうとする僕を、フローレスが無理矢理に寝かしつけようとする。

 邪魔だ。師匠を助けようとする上で、これ以上なく。



「どけよフローレス。もう一度闘技大会の決勝をしてもいいんだぞ」



 なにせ、かかっているのは師匠の身だ。

 何を差し置く事になっても、ゆずる事などできはしない。



「だから、落ち着きなさい。ここを出たら、貴方を守れないわ」


「守る……?」



 会話が、噛み合っていない。

 恐らくは、未だに混乱の残る記憶のせいなのだろう。


 頭の片隅には、まだほんの僅かな霞がかかっているのだった。



「師匠というのは、あのエルフの女の子の事よね?」


「そ、そうだけど……」


「だったら、なおさら貴方をここから出すわけにはいかない。貴方を助けると、あの子と約束したんだから」


「約束……」



 僅かに、かすかに、霧が晴れる。


 いや、しかし、まさかそんな……



「僕は……負けたのか……」


「……そうよ。貴方は、もう少しで殺されるところだった」



 涙が、流れた。


 僕は、守る事ができなかったのだ。

 この世で最も大切な一つすら、この手に抱く事ができない。


 なんたる無力。なるたる愚物。

 あまりにも情けなくて、指先すら動かす事ができない。


 体に、力が入らない。



「でも、貴方は安全よ! 私が保証するわ! この屋敷にいる限り、私が守ってあげられる!」


「……どういう事?」



 いくらハミルトン家が大貴族といえど、国王に次ぐ権力を持つ賢者に命じられれば無視はできない。

 賢者が僕の所在を知っているのならば、完璧に庇い立てする事など不可能であるかのように思われた。



「賢者からは、不審人物の身柄を渡すように書状が届いているわ」



 それは、実質的な命令。

 当然、賢者の独断である以上、それに従う義務があるわけではないものの、しかしそれに逆らうような事があれば家の立場を悪くする。

 知らぬ存ぜぬを倒せるような事態でない事は明らかだった。



「私は、この屋敷には家族と昔ながらの使用人しかいないと突き返している。渡す身柄がないのなら、立場もなにもあるはずがないものね」


「いや、でも、それは嘘じゃあないか。僕はこの家の使用人じゃあない」



 嘘が露呈したならば、立場はなお悪くなる。

 そこまでする理由が、フローレスにあるようには思えなかった。


 だが、それは僕の思い違いだった。



「嘘は言っていない。()()()()()()()()()()()()


「……は?」


「……貴方が眠っている間に、手続きは済ませたわ。ごめんなさい、私達は、今、夫婦の……関係なの……っ」



 顔を真っ赤にして、フローレスは俯く。

 彼女が何を言っているのか、イマイチ理解ができない。


 分かるのは、ただ一つだけだ。


 フローレスが嘘をついてまで僕を庇う事はないなど、とんでもない思い違いだ。

 むしろ、それどころではないくらいなのだった。

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