押し入り勇者 其の二
賢者の屋敷に侵入者。
当然、方便である。
賢者が怪しい者を囲っているよりも、賢者の屋敷に侵入者がいたという方が信じられやすいと考えたのだ。
「私が先行して後続の安全を確保するわ!」
アンナを差し置き、私は屋敷に押し入る。
行為としては、あまりに強引。
しかし、これは決して暴走ではない。
……いや、ほんのちょっとは強引にでも押し入ってやろうと思っていたけれど。
しかし、ただならぬと思った事は事実なのだ。
私が知らないような身元不詳の人物を囲うなど、賢者という立場を思えばあり得ない。
さらにいえば、賢者は使用人を取らない事で有名であったはずだ。
家の事は全て魔法で解決するのだと、いつかの夜会で確かに聞いた。
そうなれば、あのメイドは隠し立てられていた存在だ。
何をするつもりか(あるいは今時点で既にしているのか)分からないが、それにアランが巻き込まれているかもしれないのなら捨て置く選択はない。
そして、嫌な予感がする。
それはあくまでたんなる勘だが、しかし無視できるようなものでもない。
勇者の予感は、古くより多くの危機を知らせてきたのだから。
決して、スキルによるものではない。
しかし、職業の持つ特性として、それは広く知られている事実だった。
戦闘職が身体能力に優れていたり、技術職が優秀な器用さを持っていたり、スキルには現れない特性は、決して珍しい事ではない。
「アラン、いるんでしょう! 返事をなさい!」
声は聞こえない。
広く長い廊下はどこまでも続くような錯覚を覚える。似たような景色が延々と続き、距離感を狂わせるためにあらゆる大きさが統一していない。
勇者の勘がなければ、とうに迷ってしまっていただろう。
「ますます怪しい……」
こんな屋敷、悪巧みをしていなければ作るはずがない。
侵入者の対策として過剰だ。
内部に使用人はおろか警備までいないために必要となるのだろうが、そもそもそれ自体が怪しくて仕方がない。
アランがここにいるのならば、やはり捨て置く事などできない。
そう、思った時……
ゴォ……!
「……!!」
重く、大きく、強い音。
お腹の奥に響く振動。肌の深くに入り込む圧迫感。
看過しがたい爆発音が、私の心を確かに揺らした。
屋敷内で、およそあってはならないものだ。
ましてやここは賢者の屋敷。爆発はおろか、泣き声すら聞こえるはずなどない。
急がなくては。
あとは遠くなれど、どこから聞こえたのかは分かる。勇者としての身体能力の全力ならば、この屋敷の中に目と鼻の先でない場所など存在しない。
「アラン!」
突き止めたその部屋の扉を、勢いよく開く。
爆発音が聞こえたのだ。状況が尋常であるはずなど、断じてない。
ならば、落ち着けるはずなどないではないか。
私は、壊すほどの勢いで部屋の中に突入した。
そして——
「——!?」
「おやおや、騒がしいですな」
いたのは賢者と、それに捕まる知らない少女。
そして、血塗れで倒れるアランだった。
「……賢者……様。こ、これは一体……?」
「ふむ。それはこちらのセリフでもありますがな。一体なぜ、勇者殿が我が屋敷に?」
「……あ、アランがここにいると聞いて……でも、今の音が、爆発みたいな……驚いて……心配で……アラン!」
自分でも驚くくらい要領を得ない。
そればかりか、話している途中でアランに駆け寄ってしまった。
冷静でない事をハッキリと感じていながら、自らの行動を制御する事ができていない。
生まれて初めての事だ。これほど……震え上がるほど怯えるのは。
アランが傷ついている事が、恐ろしくて仕方がない。
「誰も入れないように言っておいたのですがな……まあいいでしょう。彼らが急に襲い掛かってきたので、相応の対応をしたのですな」
「アランが……?」
およそ、信じられる事ではない。
あの優しいアランが、意味もなく賢者を襲うなど。
確かに闘技大会では私を攻撃したが、しかしそれは大会だからだ。私も多くの知り合いを退けてきたし、何も責められるような事ではない。
「信じられないという顔ですな」
「…………」
「ならば、本人から聞きますかな?」
そう言い、賢者は腕に抱く少女を突き出した。
「彼女が首謀者ですな。こう見えて、とても強力な魔術師ですぞ」
「……彼女が?」
とてもではないが、そうは見えない。
歳の頃はどう多く見積もっても10かそこらで、およそ悪事を働こうなどと考えるように見えない。
耳を見ればエルフである事はわかるのだが、アランとはどのような関係だろうか。
「答えなさい。これはあなたの仕業ですな?」
「……そうじゃ。私がやった……じゃから、アランを助けてくれ! このままでは死んでしまう……!!」
言葉は、前後のつながりが不明確で要領を得ない。しかし、必死な思いは痛いほど伝わった。
そして何より、ようやく言葉にされたアランの死の可能性。
それらが合わさり、私は涙を流してしまう。
「約束しましょう。彼の安全は、賢者の名にかけて私が……」
「彼の身柄は、私が預かるわ」
思わず、口を挟んだ。
賢者には任せられないと、何故か感じられたのだ。
アランを助けて欲しいという言葉は、私に対して言ったのだ。断じて賢者などではない。それを直感した以上、ここを譲るわけにはいかない。
これは今、私にしかできない事だ。
アランを助ける。誰にも、任せる事はできない。
「私が家名にかけて、アランを保護します」
「……なるほど」
家名にかけて。
つまり、アランはこの瞬間から私の庇護下に入ったという事だ。
貴族の、勇者の、庇護である。
いくら賢者といえども、身勝手に犯せる領域ではない。
仮に私からアランを奪うとするならば、正式な手続きをもって“命令”する必要がある。
「私がアランを守るわ」
「…………」
私の言葉に、少女はうなづく。
誰とも知らない少女の涙は、優しく、暖かく、それでいて儚く感じられるものだった。




