押し入り勇者 其の一
目を覚ますと、そこは闘技場の医務室だった。
「お嬢様!」
「……アンナ」
意識が朦朧とし、イマイチ現状が理解できない。
私は、一体どうなったのだったか。
私のそんな様子を見て、アンナが不安そうな顔をする。
「心配しないで、アンナ。どこも悪くないわ」
事実、身体はなんともないようだった。
痛みも、傷も。
頭が痛いのも、起きてすぐだからだろう。
そして、その痛みもすぐに引いてきた。
ようやく、霞がかった意識に光が差したのだった。
「アラン……そうよ。アランはどこ? 話したい事がまだあるわ!」
「お嬢様、落ち着いてください。お身体に障ります」
「もう私は元気よ。安心して」
「しかしまだ頭が……」
「どういう意味よ!」
この子すっごい煽ってくる!?
私寝起きなのに!
「ああ、そのアホ声。安心しました、いつものお嬢様ですね」
「アナタ家に戻ったら覚えてなさいよ!」
話してるうちに、いつもの調子だ。長く曇っていた空がようやく晴れたかのような清々しさすら感じる。
いや、清々しくはないか。アンナむかつくし。
「アラン様は、賢者様のお屋敷に行かれました。表彰式のすぐ後です」
「……私はどれくらい眠っていたのかしら? 表彰式はどれくらい前?」
アンナ、ちゃんと答えるなら初めからそうしなさいよ。
なんのための意地悪よ。
「だいたい一時間ほど前です」
「なら、まだいるかもしれないわね。賢者邸に行くわよ」
「かしこまりました。まずは使者を出します」
「必要ないわ。一分一秒でも早く、私はアランに会いたいの」
それが非礼である事は重々承知だが、それでも我慢ならなかった。
アランが生きていると分かった以上、今度こそこの思いの内を伝えなくてはならないのだから。
もう一度、いなくなってしまう前に。
「承知いたしました。馬車を用意いたします」
「……ありがとう」
◆
王都は広大だ。賢者邸が同じ王都内にあろうとも、瞬く間にその場へとはいかない。
しかし、それを考慮してなお、私は苛立ちを感じていた。
思ったよりも、馬車の進みが遅い。
「何か問題かしら?」
私の様子を察したアンナが、小窓を開け御者に問い掛ける。
代々我が家に仕える老齢の御者は、困ったように目尻を下げて首を傾げた。
「どうやら船の売買で揉めているようで、港中の船乗りが喧嘩しています。詳しい事は分かりませんが、道が塞がって先に進めません」
「どうなったらそんな事になるのよ……」
私は、自分でも分かるくらいに焦っていた。
ほんの少しでも時間を食われる事が、これほどの焦燥を掻き立てるなんて。
「お嬢様……」
「いいわ。貴女の思う限り、一番早いと思うようにしなさい」
「はい、分かりました。……港を避けて道を回りなさい。少し時間がかかるけれど、この道を行くよりはいいでしょう」
「御意に」
人混みから抜けるのに四苦八苦しながら、どうにか賢者邸にたどり着いた時にはもう日が随分と傾いていた。
まだ、アランはいるだろうか。
その事が、私は何よりも心配なのだった。
「誰かいますか! フローレス・ハミルトンの使者である! 応答されたし!」
アンナがノックをしてしばらくすると、メイドが顔を覗かせるように扉を開いた。
まるで表情というものを感じさせない、不気味な少女である。
「何かご用でしょうか」
「こちらに、アラン・マクドニス様がいらしてはいませんか? いらしたら……」
「いませんね。では……」
メイドはそう言って、扉を閉めようとする。
さっさと帰れと、あっちへ行けと、どう言われているようだ。
「待ちなさい」
「お嬢様……」
私が前に出る事に、アンナは表情を歪めた。
家主への取り次ぎなど、従者の仕事だからだ。今ここでメイドに話しかけるなど、主人としての態度ではない。
しかし、私が出た方が話が早いのも事実だ。
「貴女、どこの家の者かしら? 私、貴女を見た覚えがなくって」
ある程度大きな家の使用人など、家柄もそれなりでなくては務まらない。
アンナだって元は子爵家の生まれだし、私の家に不確かな身分の者は一人もいない。
だというのに、目の前の少女は何者だろうか。
私が出たどの夜会でも見覚えがなく、今日この場に来るまでその存在すら知らなかった。
まさか賢者の使用人が卑しい身分であるはずなどない事を思えば、この場に彼女がいるのはひどく不自然なのだった。
「あら、言えないの?」
「…………」
「……そう」
【スキル:勇気の先駆け】
勇者が初めに覚えるスキルだ。
勇者が行うあらゆる攻撃に補正をかけ、その攻撃に対する妨害を軽減する。
メイドは私の拳に反応できたようだが、この拳を防ぐ手立てはない。避けずに腕で受け止めようとしても、スキルによってその腕は弾かれてしまうのだ。
そうして弾かれた腕にダメージはない。しかし、無防備となった顔には、深々と拳が突き抜ける事となる。
「お嬢様……!」
「アンナ、憲兵を呼びなさい! 賢者の屋敷に、身分不詳の怪しいやつがいるわ!」




