闘技忍者 其の二
もしもフローレスが本気だったならば、こんなに簡単に勝つ事はできなかったろう。
もしも彼女が勝負に集中できていたならば、負けていたのは僕だったかもしれない。
しかし、実際に立っているのは僕だ。
結果とは、常に無情であるべきである。
「け、決着!」
「やあやあ、どうも」
審判の声と同時に、歓声がこだました。
空全体が叫んでいるような音の奔流は、およそ僕が一生のうちで受けるはずはないと思われたものである。
勇者の撃破。
本来あってはならない異常事態だが、民衆にそんな都合は存在しない。
ただ目の前で起こった偉業に息を呑み、ただ純粋に称賛してくれている。
「心地いいな……」
常に相手を見下している貴族より、腹の中に何かを抱える貴族より、自らの力に酔っている貴族より、こう単純な方が遥かに心地いい。
僕は、きっと生まれながらに向いていなかったのだ。
なるべくして追放された。
今の生活の心地よさを思えば、そんな風に思えてくる。
当然、それで恨みが消えるはずなどないが。
「アラン!」
「…………」
客席の一角。
貴族が集まる特別席から、声が掛かる。
僕はそちらを向くが、視線はその声よりもさらに上を見ていた。
国王陛下と、その隣に並ぶ賢者を。
「よくぞ戦い、務めを果たした! 我が息子よ、私は誇らしいぞ!」
言葉の主人は、マクドニス家現当主。エイブラム・フォン・キャバル・マクドニス。
僕の父親だった人だ。
どうやら、僕とフローレスの会話は聞こえていなかったらしい。
とはいえその言葉は、すでに決別の覚悟を決めた僕からすれば滑稽に思えるな。
「マクドニス卿、お久しゅうございます」
「はっは、そのような言葉を使うな! 親子で使うものではない。さあ、いつしかのように父上と呼ぶが良い!」
その言葉はつまり、貴族に戻してやろうという意味だ。
あまりに上から目線。しかし、貴族としてならばわからない事ではない。
勇者の敗北という国家の汚名。英雄である事を義務付けられた勇者が一般参加者に敗北したとなれば、対外的な影響は計り知れない。
ただし、それが貴族であるならば話は別だ。
この国には勇者と、それをさらに上回る貴族がいるのだという印象となるのだから。
なので、僕を貴族にしてしまおうというのだ。
これほどの大人数の中で宣言してしまえば、僕がすでに貴族ではないなどという事実は簡単にねじ曲げられる。
何より、闘技大会で優勝するほどの実力を持つ人材を追放したという、マクドニス卿の失敗も取り消す事ができる。
なるほど、これはいい事づくめの提案に聞こえる。
だからといって、受けるつもりはないが。
「マクドニス卿。お断りします」
「な、何を……!?」
「私はあなたの息子ではありませんので」
決別を言い渡したのはそっちだ。
僕は待ってくれと言ったが、聞いてはもらえなかった。
なぜ、自分の言葉だけは聞いてもらえると思っているのか、全く意味がわからない。
僕が自分に逆らうはずがないなどと、本気で思っているのだ。
「僕を捨てたのはあなただ! 『貴様などもう息子ではない!』。確かにそう聞いたぞ!」
会場の視線は、全てマクドニス卿に注がれた。
なんと哀れなんだろう。彼は今、この世で最も惨めな貴族なのだ。
自らの言葉が傲慢だと、気付く事はないのだろう。
貴族はこの世で最も尊き存在だと信じ、その地位を約束して首を縦に振らない人間など存在しないと、本当に思っているのだろう。
貴族に逆らうものなどあってはならないと思っているのだろう。
僕がその事に嫌悪感を持っているなどとは夢にも思わないのだろう。
「アラン、考え直せ! お前は間違った選択をしているのだぞ!」
「それ以上話さない事をお勧めする。恥の上塗りにしかなりません」
「貴様! 下手に出ておればいい気になりおって!」
出てないだろ下手に。
「どうするというのです? この私を。勇者を倒した私を。闘技大会で優勝した私を。まさか力尽くでどうこうしようというのですか?」
「舐められたものだ。小童、私も騎士の端くれであった事を忘れたわけではあるまい!」
……忘れるものかよ。
もしアンタが騎士でなかったなら、その家系が騎士のものでなかったなら、あるいは僕は追放なんてされなくて済んだかもしれないのだから。
「一応忠告しておくが、抜かれぬ方がよろしい。僕はそうそう倒せるものではない」
「少なくとも口先は達者になったらしい! ならば、その腕がその口に相応しいか試してくれるわ!」
マクドニス卿は、腰の剣に手を掛けた。
騎士時代から愛用している魔法剣『グラム』である。
その切っ先が突き立てられれば、どのような治療が施されようとも必ず相手を絶命させる能力を持つ。また、決して欠けず、錆びず、折れないらしい。
マクドニスの家祖が魔王軍の侵攻を退けた際、敵将が持っていた物であると伝えられている。
その際の武功によって、マクドニスは貴族の地位とこの剣を賜ったのだ。
その剣を抜くという事は、この戦いに一族の誇りをかけるという事だ。
自らの浅ましい見栄のために、千年も続く家の名を掲げるという事なのだ。
「刮目せよ! これが我が力! 魔法剣……」
「その辺にしてはいかがですかな?」
マクドニス卿の言葉は、より高みからの声に遮られた。
いつの間にやら背後に迫っていたその人物は、剣の尻に掌を添えてマクドニス卿が抜けないように抑える。
とても優しげな手付きであり、力尽くならば振り解けないようなものではないだろう。
しかし、マクドニス卿はそれができないでいた。
「ジェレミー・アトウッド、殿……」
逆らえる相手などでは、なかったからだ。




