闘技忍者 其の一
やっべバレた。
コートを着て、フードをして、念のために変化の術で顔も変えて(クラークの顔になっている)、それでも僕を見分けやがった。
正直怖い。
……まだとぼけられたりしないかな?
「アラン? 一体誰の事か……」
「生きていたのね!」
話聞いて。
いや、フローレスが僕の話を聞いた事なんて今までなかった。
一度もだ。
彼女の傲慢な態度には、何度だって苦しめられてきたんじゃあないか。
それに、バレたからって問題じゃあない。
むしろ、油断してくれるならそれに越した事はないだろう。
もう言い逃れはできないと判断した僕はフードを取り、変化の術を解除し、ようやく自分の顔を晒した。
客席の一部から驚きの声が上がり、フローレスの眉間にシワがよった。
◆
「次は勇者じゃな」
昨日の夜。宿での会話だ。
僕達は一つの部屋に集まり、誰も会話を聞いていない事を確認しながら息を潜めて話していた。
闘技大会は情報戦でもある。
僕が何者かという事が、あるいは攻略の糸口となってしまう事も考えられたからだ。
「私の時代の勇者ならば、まず勝ち目はないじゃろうな。わたしとお前の二人掛かりに加えて、クラークとクラーケンを合わせても勝てぬ」
「ジョージだ」
「黙れ」
当時の勇者を知っている師匠とクラークは、フローレスをとても警戒しているようだった。
「僕が知っている限り、フローレスはそんなレベルじゃあないですよ。強いのは強いですけれど」
「しかし、ぬしは嫌がらせを受けていたんじゃろう? 嫌がらせに全力を出すものかのう」
「手の内を隠している可能性もあるんじゃねえか?」
ああ、まあそうか。そうだよな。
僕に包み隠さず全部見せる意味ないもんな。
「ただ、当代は若いからの。流石に当時ほどのものではないじゃろ」
「油断はダメだが、まあアレはないだろ」
当時の勇者は、魔王を滅ぼしたくらいの実力者だ。
マグナ・ドラゴを封印し、世界各地で多くの伝説を残している。
フローレスが現時点で同じ実力を持っているのなら、もっと騒ぎになっている事だろう。
当然、それで勝つのが簡単にはなったりはしないだろうが。
「んで、勝つ見込みはあるのかよ」
面倒そうに、クラークが言う。
……なんでコイツは仲間面してるんだろう?
「一朝一夕では難しいじゃろうな。ただ、簡単な対策が一つだけある」
「そんなものが……?」
「ああ、それは——」
◆
「アラン、てっきり死んでいたものと」
「なるほど、だから追手が来なかったんだね」
カログラット大森林以来、ハミルトン家の私兵が全く来なくなった。
僕達を捕捉できていないだけという可能性もあったが、なるほどそもそも生きているとは思っていなかったのか。
「追手……?」
「都合がよかったよ。お陰で僕らはこうやって、安全に王都に入る事ができた」
周りを見ると、観客の中に不思議そうにしている一角がある。
他とは隔たれた一角。そこは、貴族が観戦するために作られた特別席だ。
「あそこにマクドニス卿がいらっしゃるのかな?」
「……随分と他人行儀な言い方をするのね」
「他人だよ。少なくともあの人にとっては」
父上と呼ぶ事は、もう絶対にない。
既に貴族でなくなった僕にとって、彼はマクドニス卿と呼ぶのが相応しいだろう。
「貴方、どうやってこの大会を……」
「勝ち進んだのか? ちょっと失礼なんじゃない?」
「え……?」
「僕が勝ち抜けるわけないって思ってるんでしょ? 何か卑怯な手を使ったって思ってるんでしょ? ……馬鹿にするのも大概にしろ」
フローレスが眉間にシワをよせる。
それが訝しんでいるのか、不快感によるものなのかは分からないが、しかしどちらにしろ貴族の淑女が行うべきではない。
僕は昔からそんなところが大嫌いだった。
自らの未熟を棚に上げて僕を馬鹿にするところが。
「アラン……」
「もういいだろう。ここにはお喋りをしに来たわけじゃあないんだ」
フローレスの言葉を遮り、審判の方を見る。
どうやら僕らに気を遣ったらしい彼だが、正直全く必要のないものだ。
それよりも、早く始めて欲しい。そう思っての視線だった。
早く始めなければ、僕はいらない事を口走ってしまいそうだったからだ。
というか、そもそもこの会話自体がかなり無駄だった。
「それでは、お互い構えて」
「……構えないの?」
「そっちが構えろよ」
挑発。
反発感を与え、僕の言葉に反抗したいように仕向ける。
僕が言葉を遮ったり、試合を急かしたりすれば、試合への集中を乱すと考えたのだ。
『まだ話したい事あるのに!』ってな具合でな。
それが、僕が行う作戦の布石となる。
……まあ、作戦っていう程高尚なもんでもないけど。
「……始め!」
【忍法:暗狩焔】
審判の言葉が終わるや否や、先んじて速攻を仕掛ける。
扱うのは、炎を撒いて足場を殺す魔法『熱景色』。
当然、こんなもので倒せるなどとは思っていない。
そもそも、倒せてしまうほどの高火力では、フローレスの命に関わる。
いくら僕がフローレスを嫌いだと言っても、殺したいほどというわけでもない。というか、そんな過剰攻撃したら僕は失格だ。
「こんなもので……!」
そう、こんなもので、勇者が倒れるはずがない。
だから、次の手を打っておいたのだ。
「……っ!!」
フローレスの視線が、僕とは関係のない方向に流れる。
それもそうだろう。彼女が見ている方向には何もないが、それでも彼女の視線が僕の方を向く事はない。
【スキル:火遁の術】
彼女には、僕の姿を見る事ができないのだから。
だから、触れられるほど近づかれても気がつかない。
僕が見えなくなったという事にすら気が付いていないのだ。見失ったと思い、僕を探している。
その行為が愚かしいなどと、夢にも思ってはいない。
「っ……」
声を出す余裕すらなかった。
僕はただフローレスの顎に掌を打ち付けただけだが、全くの無防備には相当堪えただろう。
あまりにも容易く、その意識を刈り取る事ができた。
何も反応はできず、何も抵抗はしない。
秒殺。
これが、僕にできる唯一の勇者対策。
単純にして明確にして絶対の、勝利を求める解答である。




