闘技勇者 其の五
腰に下げた剣は、家の方針で習っている程度のものに過ぎない。
私の本領は拳にあり、事実これならばお兄様にも負けた事がない。
加えて、腰に剣を下げておけば相手の警戒がそちらに行くので、非常に優秀な奇襲としてとても役に立っている。
剣を紙一重で躱したのも、避けられなかったからではない。
むしろ、その間合いを完全に見切っているからこそ紙一重だった。
大袈裟な行動を嫌い、回避からすぐに攻勢へと転じられるように最小限の動きで避けたのだ。
それは、エリックにも分かっている。
私と自分の実力に開きがなくては、こうはならないと。
「凄いね……っ」
「あら、私はまだ大した事をしていませんわ」
「そっかー……」
エリックは蹲り、脂汗をかいて私を見上げる。
鳩尾に結構深く入った私の拳は、彼から充分に自由を奪った。
本当なら、今すぐに追撃すればその場でこの試合は終わらせる事ができる。
しかし、私は余裕を見せて距離を取った。
そんな野蛮な事をしなくても勝てるのだと、知らせているのだ。
初めは、多少手荒な真似をするつもりだったが、その必要はないらしい。
貴族らしく、優雅に、上品に、戦う事ができる。
そればかりが重要であるなどと思ってはいないが、進んで野蛮な事をしたいなどと思ったいるわけではないのだ。
「さあ、やりましょう。今度は貴族らしく」
自分が先程まで同じように“貴族らしくない”戦いをしようとしていなかったなどとはおくびにも出さずに、余裕を見せて薄ら笑う。
これが、最も効くはずなのだ。
自らが手段を選ばなかったにも関わらず、私は余裕を見せている。
これは、彼の貴族としてのプライドに関わる一大事のはずなのだ。
「ああー……僕は降参」
「はい……?」
「降参。勝てそうもない」
……思ったよりも効果的だったかしら?
エリックは、すっくと立ち上がって横断幕の向こうに消えていった。
審判の「そこまで」という宣言によって私も同じように退がるが、正直審判など必要なかったくらいだったように思える。
◆
「おかしくないかしら?」
「そうでしょうか? 勝てたのだからよろしいではありませんか」
アンナはそんな事を言う。
元々、難しい事に首を突っ込むタイプではないのだ。だからこそ従者として理想的だとも言えるが、今はそれがもどかしい。
「私はエリック・ダスティンを知っているわ。夜会でも会った事があるし、騎士との模擬戦も見た事がある。でも、あんなに弱くはなかったわ」
何より、諦めが良すぎる。
たかだか一撃入ったくらいで逃げ出してしまうような男ではなかったはずだ。
彼は不意打ちという野蛮な方法で開戦したのだから、少なくともそれを埋め合わせるだけの誇りある戦いを行ってから降参するものだと思っていた。
「意図を感じるわ。なにか、エリックが早々に降参しなくてはならない意図」
「例えばどんな?」
「………」
具体的には、イマイチ思い浮かばない。
しかし、これが思い過ごしであるはずがない。
それほどに、貴族のメンツは重要なのだ。
それはつまり、生半な試合などできようはずがない。
「例えば、勝ってはならない理由があった。あるいは、私を勝たせる理由があった。貴族としてのプライドを差し置くくらいの理由があるという事だけど」
そんな理由、そうそうあるとは思えない。
ただ、全くありえないというほどではないだろう。
かつて、金によって勝敗を買った者がいた。
ほかにも、様々な取引が行われた事があった。
なくはないのだ。私の家がそのような卑怯な手を使ったようには思えないが、何か私の預かり知らない事が起こっているのは間違いがない。
「お嬢様がめちゃめちゃ頭を使ってらっしゃる……」
「ちょっと! どういう意味よそれ!」
こっちは真面目に考えてるのになんなのよこの子!
「前は頓珍漢な事を言って私を困らせていたあのお嬢様が……アンナは嬉しゅうございます」
「何が頓珍漢なのよ!? 貴女そういうところだからね!」
「あ、いつものお嬢様だ。安心しました」
私主人なのに!
この子従者なのに!
結局、考えはまとまらなかった。
いや、まとまる訳もなかった。
私は結構頑張って考えているのに、いつもの調子を取り戻したアンナのせいで全くまとまらない。
様子がおかしいと心配したのが馬鹿みたいだ。
もう心配なんかしてやらないんだから!




