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闘技勇者 其の四

 闘技大会の対戦表は、直前になるまで公開されない。

 参加者は定められた回数の対戦を毎日行うが、その全てを開始の瞬間に知らされるのだ。


 つまり、私自身でもこれから誰と戦うのかを知らない。



「アンナ……アンナ、やめなさい」


「いいえ、やめません。やめられません。防具に不備はありませんか? 武器には? スキルの調子を確かめて下さい」



 普段冷静なアンナだが、三十分ほど前からこの調子だ。

 アンナは十年も私に仕えているためか、いつもは私に対して随分と失礼な物言いをする。

 だが、私が危険に見舞われるとなるとこれだ。

 カログラット大森林に私自身が行けなかったのも、アンナがこうなってしまったせいだった。



「もしもお嬢様に何かあれば、私が相手を殺します」


「何を言っているの……? ダメに決まっているでしょう」


「お嬢様の命令でも、聞きかねます」



 この子本当に大丈夫かしら……?



「闘技大会のルールは知っているでしょう? 大事にはならないわ」


「絶対に起こらない事故はありません。もしも、という事もあります」



 なんだコイツやりづらいな。


 正直、悪い気はしない。心配されるというのは、大切にされているという事に違いないのだから。

 普段は私に辛辣なアンナも、内心では私の事を想ってくれている。

 それを感じるのは、この上なく嬉しい。


 しかし、それだけでない事も事実なのだった。



「アンナ、貴女落ち着きなさいな」


「しかし……」



 なおも食い下がろうとするアンナの肩に手を置き、その言葉を遮った。



「私が負けるわけないでしょう。貴女、私を誰だと思っているの?」


「……なるほど」



 返す言葉など、あるはずもない。

 あるのならば、それは私への不信であるからだ。



「勝ってくるわ」


「はい、アンナはここでお待ちしております」



 この会話こそ、私達の信頼の証。

 こんなアンナだからこそ、私は安心して身を任せる事ができるのだ。



「お嬢様がボコボコにした相手への謝罪の用意は済ませておきます」


「貴女そういうところだからね!?」



 私淑女だぞ!? ボコボコになんてするか!



 ◆



 闘技大会は、その全ての試合が専用施設で行われるわけではない。

 試合数があまりに多いため、王都内の施設では許容しきれないのだ。

 もしもこれが何ヶ月もかかるような行事であればともかくとして、そうでないのだからより迅速な消化が望ましい。


 例えば、昨日行われた予選試合。

 アレは、その多くが王都近郊の草原や平野で行われたはずだ。


 しかし、逆をいうならば、それ以外の試合はほとんどが対戦施設において執り行われるはずだ。

 特に、有力貴族同士の試合は、国外からの注目も加味して大々的に宣伝する。


 つまり、私のような有力貴族は、()()()()()()()で試合など行わないはずなのだ。



「森、ね」


「そのようですねぇ、Ms.ハミルトン。我々の試合にしては殺風景だ」



 対戦相手のエリック・ダスティンの言う通り、私達の試合場所に相応しく思えない。

 王都近隣の森を少し伐採し、そうしてできた広場に天幕を張っただけの寂しい舞台だ。飾り付けも強固な壁もなければ、観客すら一人もいない。


 だが、所詮はその程度の差異だ。

 実力が左右されようはずもない。



「お喋りはそこまで。この試合、私が務めさせていただきます」


「よろしくお願いいたしますわ」


「よろしく」


「はい、よろしくお願いします」



 審判となる薄毛の男性を加えても、この場はたった三人。

 盛り上がりもしなければ、高鳴りもしない。

 そうなれば、この試合を盛り上げる必要などないように思える。


 つまり、様子見を省き、瞬く間に終わらせてもまるで問題にならないという事だ。



「それでは……初め!」


「先手必勝!」


「おっと……っ!」



 エリックが、開始の合図を言い終わる瞬間に攻撃を仕掛けてきた。

 本来ならば貴族らしからぬ品性に欠けた行為だが、どうやらエリックも私と同じ考えらしい。


 誰も見ていない事によって、振る舞いを変える必要がある。


 私は、エリックが振り上げた剣を紙一重で避ける。刃引きされた剣とはいえ、当たれば充分に怪我をすしてしまうだろう。

 構えすら蔑ろにした、自然体からの奇襲である。

 しかし、私にとっては完全な不意打ちとは言えなかった。

 初めから抜剣された武器に対して、警戒しないわけにはいかなかったのだ。


 そして、エリックと同じように、私も行動をする。


 いつもなら絶対にしないような事だが、今はそうしても咎める者がいないのだから。



「ッ……!!」


「なにっ!?」



 エリックが思わず声を上げる。

 驚いただろう。よく言われるのだ。

 ()()使()()()()()()と。



「どうされましたの、エリック様。(わたくし)、ただ拳を突いただけですわよ?」



 構えをとる。

 腰を落とし、姿勢を伸ばし、そして手には何も持たない。

 これが無手にして戦闘を行う技法。格闘術である。

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