闘技勇者 其の三
「お兄様が……? 敗退? そんなはずありませんわ」
「いやいや、これは確かな情報ですな」
何がおかしいのか。ジェレミーは笑みをたたえて私を見る。
いや、初めからずっと笑っていた。気持ちが悪いとずっと思っていたが、しかし今のこれは今日一番だ。
私が不思議そうにしているのが、大層面白いとみえる。
「ジェレミー様、ご趣味がよくありませんわ。私をからかっておりますな?」
「からかいなど滅相もない。私は事実を述べているに過ぎません。つまり、今年の闘技大会には、勇者殿の兄君を負かしてしまうような傑物が混ざっているという事ですな」
やはり、ジェレミーは笑う。
何がおかしいのか、私には全く理解できない。
「信じられませんかな?」
「ええ、にわかには。お兄様が勝てないようなお相手が、市井にいるはずありませんもの」
身内贔屓を抜きにしても、お兄様は天才だ。
本当なら、私が家を継ぐなどあってはならないほどの才気。それに加えて、一流の教育がなされた本物の才人。
食事一つ、運動一つに至るまで全て管理された未来の英雄。
そもそも、環境からして違うのだ。
適度な運動や食事もままならない市井にあって、お兄様を打ち倒す実力者がいるとは思えない。
「なるほど、勇者殿にそこまで言わしめるほどでしたか、兄君は」
「当然ですわ。私、剣のお稽古でお兄様に勝った試しがありませんもの」
幼い頃からずっと剣の相手をしてもらっていた私が言うのだ。間違いはない。
お兄様に勝てる者など、貴族の中にすらそうはいないだろう。
「しかし、剣士としてではなく勇者としてならばどうですかな? 勇者殿の実力は剣だけにとどまりますまい」
「……その言葉、お兄様への侮辱と受け取りますわ」
「おお、恐ろしい。これは失礼をしましたな」
不快だ。
何故こうも、この男といると不快なのだろうか。
ただ一緒にいるだけでイライラして、些細な言葉に腹を立ててしまう。
「お兄様だって、剣だけの者ではありませんわ。我が家に一発屋はおりませんの」
「おやおや。しかし、逆に相手は魔法のみの一芸家だったようですぞ」
「魔術師……?」
そうなれば、なお不思議だ。
お兄様は魔法にも覚えがあるため、生半可な魔術師なら充分に対処する事ができるはずだ。
器用貧乏などと揶揄される事もあるが、お兄様はそんな半端者ではない。あらゆる技術を高水準で活用するオールラウンドソルジャーだ。
たかだか一芸特化の魔術師などに、遅れを取るとは思えない。
「搦手を得意とされる方ですの?」
「いいや、使ったのは炎の魔法のみ。当然、剣も槍も持たないごく当たり前の魔術師であると聞いていますな。ロングコートと目深に被ったフードでその姿はわからなかったそうですが」
「え、なんですのそれ。怪し過ぎますわ」
姿がほとんど見えないのなら、もしかしたら隠し武器を使ったのかもしれない。しかし、そもそも多くの衆人観衆が見ている前でそれを行えるのなら、充分に実力者であるといえる。
なにせ、観客の中には相当の実力者もいるはずなのだから。
「そんな実力者が?」
「私も皆目見当がつきませんな」
魔術師。
それは、他の職業と違って、職業ありきのものだ。
となれば、一般にはそんな人間はほとんどいない。洗礼の儀式は、基本的に貴族に対して行われるものだからだ。
その権利を金で買ったっ商人か、没落した貴族か、あるいは悪徳教会とつながりを持つ犯罪者か。
そのくらいのはずだ。
ただ、いずれの場合も、その存在を秘匿する事は難しい。
職業の付与には記録が義務付けられているためだ。
全ての教会は、毎月いずれかの日に賢者に対して職業を付与した記録を提出する決まりとなっている。
そしてジェレミーは、理由は不明だがその教会が職業を付与した人数を正確に把握しているのだ。
賢者が把握している人数と記録に差異があれば、その不正はたちどころに詳らかとなる。
仮に身分を偽り、記録を偽装していたとしても、少なからずその個人の存在は知られる事となる。
つまりは、この国に存在しない事となっている職業所持者は存在しないのだ。
「ジェレミー様がご存知ない……」
「ええ、あり得ませんな。あるいは、知っている人物が私の預かり知ぬ間に急速な成長を遂げたか」
言っていて、ジェレミーもそんな可能性を考えてはいない。
職業の成長には、近道などないのだから。歴史上ただの一人も、瞬く間に英雄となった人物など存在しないのだ。
千年前に魔王を滅ぼした勇者ですら、一足跳びに強くなったわけではないのだ。
「……実は今日、お呼びしたのはこの件なのですな」
「と、いうと?」
「平たく言えば警告。おそらく今年大会を制しただろう勇者殿の前に現れた、正体不明の強者。この警戒を促すためですな」
「……たったそれだけで?」
「然り、然らば、軽んじる事などできますまい。現に、勇者殿はその存在すらご存知なかったのですからな」
返す言葉もない。
事実、私は対戦相手の調査など何もしていない。
それを小賢しい事と断じて、むしろ避けていた節すらある。
しかしそれが原因で、明らかな怪しさを見落としていた。
落ち度である。完全に、私の。
「努々忘れられぬ事ですな。勇者殿の実力は本物ですが、相手は完全に未知数なのですな」
つまりは、油断ならない。
勇者としての勘が言っている。
今年の闘技大会は、一波乱ありそうである。




