闘技勇者 其の一
「……疲れたわ」
「ええ、お疲れ様でした」
既に日は傾き、間も無く夕食という時間。私はようやく屋敷に戻る事ができた。
今日は闘技大会の受付をしていたが、当然それだけでこんな時間になったわけではない。その後の挨拶回りや顔つなぎ、その他貴族としての仕事を済ませていた。
なにせ、私は当代の勇者。世界の注目を、おのずと集めてしまう。
そして、それ以外の理由も……
「やっぱりいなかったわね、アラン」
「だから言ったじゃありませんか」
どれほど探しても、アランの姿はどこにもなかった。
ともすれば家に戻っているかと思い尋ねてみたが、全くの見当違いだった。知り合いの伝手を頼って最近アランを見たか聞いても、全員同じ答えが返ってくる。
「そんな奴いたなぁ、ですって。酷い話よね」
「貴族としては当然かと」
「アンナ、意地悪だわ」
ただ、その言い分も分かりはする。
追放されたような人間に執着しているなどと思われれば、あらぬ噂を招くからだ。火のないところにだろうと煙が立つ世界で生きている以上、彼らの方が貴族として正しいあり方だ。
本当なら、私もそうするべきなのだ。
無理だけど。
今は、兵達に命じて密かにアランを探させていたところだ。例えば城下などの貴族が普段行かないような場所にいるかもしれないと考えた。
しかし、結果は空振り。ほぼ全ての宿の宿泊台帳を改めたが、アランの名前は見つからなかったのだそうだ。
「私、意外にアランの事何も知らないわ。十何年も一緒にいたのに」
そんな事も、私は知らなかった。
しかし、それも仕方ないのかもしれない。なにせこの間まで、アランの一番の理解者は自分だなどと思いたがっていたくらいなのだから。
「それよりもお嬢様。明日のご予定を確認ください」
「ええ、そうね」
アンナの言葉は、あまり好ましいものではない。
貴族としては当然の事。しかし、疲れた体と精神には少し堪える。
「忙しいかしら?」
「それはもう」
習い事も、挨拶回りも、すべては貴族として当然の事だ。
あと何年もしないない内にお父様から仕事を任される事を思えば、この経験は必ず役に立つだろう。
ただ、それを重荷と感じる事も事実だった。
なにせ、本来であれば家督を継ぐはずの長兄を差し置いて、勇者であるがために私が継ごうというのだ。
私が15歳になるまであらゆる部門で高い才能を見せていたお兄様は、私が勇者となったその瞬間に婿養子となる事が決まった。
それは酷く残酷な事であり、それでも私に恨み言一つ言わないお兄様は痛々しかった。
だから、家を継ぐまでの数年間で私はお兄様の一生に匹敵するだけの努力をしなくてはならない。
勇者という立場は、それほどまでに重い。
「催しの前後は仕方がありません」
仕方なし。そんな事を言ってくれるのは、アンナくらいのものだ。
貴族の中には、女である私が家督を継ぐ事をよく思わない人間もいる。
そんな奴らが私を糾弾する口実となるような隙を見せるわけにはいかないのだ。
まず間違いなく、仕方なしなどとは言わない。女だからだと、甘やかされているのだと、そんな事を言うに決まっている。
思えば、アランを好いていたのもこの辺りが理由なのかもしれない。
私にとって、歳が近しい、友人などと呼べるような相手は貴重だったのだ。
それゆえに特別な感情を持ち、それゆえに執着しているのかもしれない。
とはいえ、彼を前にすると素直になど話せなくなってしまうのだが。
「明日と、お食事の時間に至るまですべて誰かと一緒にいる事となります。予定表にまとめましたので、目を通しておいてください」
「……賢者様と夕食? あの人は随分と私にご執心ね」
「先月から数えて三度目ですね。少し奇妙にも思えますが、国王陛下の顧問魔術師を邪険にはできず……」
「いいわ、そんな事。確かにジェレミー様は少し苦手だけど、私個人の好き嫌いなんて関係のない事よ」
賢者、ジェレミー・アトウッド。
この国で最も偉大な魔術師といえば、彼を置いて他にない。国王陛下からの信頼も厚く、この国の内部であれを邪険に扱える人間など一人もいない。
なにせ、三代前の国王から仕えているという古株なのだ。現国王陛下が御生まれになった時から城に使える重鎮は、陛下ですら無碍にはできないほどの影響力を持っている。
ただ、私はとても苦手だった。
一緒にいると、なんとなく気分が悪くなるのだ。
もちろん体調を崩すほどではないものの、少し息苦したっかり、疲労感を覚えたりする。
特にこれといって不快な人物ではないが、そのせいで苦手意識を持っているのだった。
「ところでお嬢様」
「何かしら?」
「今日はいつもより賢くていらっしゃいますがどうかされたのですか?」
「ああ、疲れててあんまり大声を出す気には……ってバカ! 貴女そういうところだからね!」
「ああ、いつものお嬢様で安心しました」
「なんなのよ! 今度こそクビにしてもらうんだから!」




