歓声勇者
闘技大会。
国内外から集まる強豪が集まり、誰が一番強いのかを示す催し。
年に一度開かれる、この国でも最大規模の行事である。
その開催を三日後に控えた今日、城下の大通りはいつにない賑わいを見せていた。
これから、参加者の一部が馬車で城下に顔を見せるのだ。
これは、自らが参加するという意志の現れ。貴族の内で闘技大会に参加する者は、このように参加を表明するのが習わしであった。
「はあ……」
「またですか、お嬢様」
私のため息に、お付きのアンナが肩を竦める。
これから闘技大会の参加表明に参列するという時にしては、私の態度はどうにも辛気くさい。そんな事は、私だって分かっている。
「市民の前でそのようなお顔を見せてはなりませんよ」
「分かってるわ。でも……」
思い出されるのは、一月ほど前の出来事。
私が命じて送った兵が、血相を変えて帰還した日の事だ。
訓練された彼らのそんな様子は珍しい。その日よりさらに数日遡った、仲間が返り討ちにされた日ですらそんな様子は見せなかったのだから。
「アンナ、貴女も同じ状況なら同じような気持ちになるわ」
「ええ、そうでしょう。お嬢様も私の立場なら同じように言うでしょうから」
「……アンナ、意地悪だわ」
あの日。兵士の報告は、およそ信じられるようなものではなかった。
いや、信じたくなかったのだ。実際に起きた現象の壮絶さ以上に、その結果を信じたくはなかった。
「アランはもう……」
——この世にはいない。
そう続く言葉が、どうしても出てこなかった。
報告では、森ごと消滅していたらしい。巨大な魔物がいた痕跡があり、恐らくはそれに平らげられてしまったのだろうと。
その時にその場にいた生物は、疑う余地なく絶滅しただろう。無論、アランもだ。
疑う余地はない。しかし、声には出せなかった。
声に出したら最後、二度と変えられなくなってしまう気がして。
いや、本当は分かっている。その実態は逆なのだと。
声に出せば変えられなくなるのではない。この私自身が、声に出さなかったら変えられると錯覚しているのだ。
あるはずがないと分かってはいても、それでも縋らずにいられない。
この世で唯一愛した人間の死など、到底受け入れられる事ではないのだ。
「……お嬢様、お顔を出してください。俯いていては皆に見えません」
「ええ……そうね」
アンナは、私の心に深く踏み入ったりしない。付き人として、常に適切な距離を保つ。
それは時に友人のようであり、それは時に他人のようでもあった。そしてそれは常に、私が心地良いと感じるものだ。
アンナはただの一度も、励ましたりはしない。それが無意味である事を知っており、私はそんなものがなくとも立ち直ると信じているからだ。
ありがたい。これ以上なく。
大通りには、いつになく人だかりができている。
参加貴族たちが作る行列は豪華なので、民衆の娯楽としての役割も担っているのだ。
これに加えて、闘技大会の客席と参加者には一般枠も用意されている。わざわざこの大会のために国境を越える者もいるくらいだ。
そして、外国からのお客も多い。
参加者、観戦者問わず、多くの人間が招待されている。私自身も、そのうちの何人かには挨拶をした。
これほどの注目を集める中で優勝できたなら、それは比類なき誉だ。
貴族にとってこれほど名誉な事はなく、末代までの誇りとなるだろう。
数十の武勲にも匹敵する名誉が与えられるという事だ。それはそれは気も引き締まるだろう。
私はそんな気分にはなれないが、貴族として民衆に姿は見せなくてはならない。
当代の勇者である私は顔も広く知られているので、手を振ってやれば喜ぶ事だろう。
「……?」
「お嬢様、どうされました?」
「いや、今そこに……」
見間違いだろうか? いや、間違いなく見間違いであるはずなのだが、しかしそれは驚くほど鮮明だった。
ハッキリと、確かに、私は見たのだ。
こんな場所にいるはずのないモノを。
「……!!」
今度こそ、間違いはない。
「アランがいたわ……!」
「いや、そんなまさか……」
アンナは眉間にシワを寄せる。
しかし、確かにいたのだ。
フードを被り、人混みに紛れ、しかし確かにアランだった。
「お嬢様、落ち着いてください。アラン様がこんなところにいらっしゃるわけがありません」
「でも! ……いや、そうね。ごめんなさい」
思い違い、だろうか。
アランが生きているはずがない。仮に生きていたとしても、王都になど来ないだろう。
来る用などなく、何よりもアランは追放されたのだ。王都に入る事などできるはずがないじゃあないか。
「疲れてるのね、きっと」
「昨日はずっと泣いてらっしゃいましたから」
「……その事を言うのはやめて、恥ずかしいわ」
「そのくらいしおらしい方がアンナは助かります」
「アンナ、意地悪だわ。お父様に言ってクビにしてもらうんだから……」
いつものやり取りにも、力が入らない。
私はため息を一つつき、また民衆に手を振る作業に戻るのだった。




