実行忍者 其の三
ただ波を立てて動かすだけではいけない。それでは、すぐに船体が砕けてしまう。
なので、動かすと同時に船を補強する魔法も必要となる。硬度を上げて、強引に形状を保つのだ。
「進路が逸れてるぞ! 20°右だ!」
「それどれくらいだよ!」
クラークがたまに指示を出すが、僕にはイマイチわかりづらい。
船乗りはこの指示で理解できるのか?
「じゃあ一時の方向!」
「だからどっちだよ!」
師匠は、触手に魔法をぶつけて船を守っている。本当なら焼き払ってしまいたいところだが、師匠は絶妙の手加減でジョージの足はまだ失われていない。
この作業がつらいのは、ジョージを振り切ってはならないというところだ。ジョージをおびき寄せる必要があるために、振り切っては本末転倒なのである。
むしろ、そのために調整すらしている。
船を動かす速度は全力ではないし、師匠はわざわざ魔力を撒き餌代わりとして海に流している。
桁外れの魔力量を誇る師匠だからこそできる芸当だ。もしも僕が同じ事をしようとしたら、ものの数分で干からびてしまうだろう。
師匠は、自分一人ではできないなどと言っていたが、こんな事をするのなら当然だ。むしろ、触手の対応までこなしながらというのだから舌を巻く。
「進行方向がずれてるって言ってんだろ!!」
「だからどっちに行けばいいのかわかんねえんだよ!! 言葉じゃなくて指差せ指!!」
「こんな操縦で指なんか差せるか!! 手離した瞬間に吹っ飛ぶわ!!」
「だったら速度落とすか!? 僕達はお前のお友達の夕食になんてなりたくないんだよ!! お前と違ってな!!」
なんで必死こいて逃げながら怒鳴りつけられなければならないのか。
そもそも今追いかけられてるのはクラークの頼み事のせいなのに。
「ぬしら、落ち着け。集中を切らすと一瞬で海の藻屑じゃぞ」
師匠めっちゃ冷静だな!
「これが慌てずにいられるか! この坊主は海を舐めているんだ!」
「坊主……!?」
「落ち着けというに」
いや、確かに千年前から生きてる魔王軍残党に比べれば遥かに子供だ。間違いない、疑う余地なく。
ただ、僕にだってプライドがある。貴族はプライドが高いといわれるが、これは僕が元貴族である事とは関係なしに一人前の男としてのプライドだ。
「お前こそ千年以上も生きててボケたんじゃあないのか!?」
「なんだとクソガキ!」
「アラン、私も結構傷付くぞ……」
完全に売り言葉に買い言葉。それが分かっていながら、言わずにはいられない。
……やっぱり子供なのかもしれない。よく考えたらまだ15歳だし。この国ではもう大人の年齢だけど、よく考えたら大人になったばかりだし。
よく考えたら子供かもしれない。
でも、千年も生きててそんな子供と口喧嘩する奴も子供だよな。
むしろそっちの方が子供だよな。
「クラーク、あとどれくらい掛かりそうかの?」
「ジョージの妨害があるからハッキリとはわからん! ただ、そう遠くないぞ!」
「方向は合ってるのか!?」
「右だっつってんだろ!!
「だからどれくらいだよ!?」
「少しだよ少し! お子様でも分かりやすいように言うと少し右だ!!」
「誰がお子様だ!!」
言いながら、進行方向をほんの少しだけ右に逸らす。といってもジョージの妨害があるので真っ直ぐになど進めないのだが、取り敢えず気持ち右方向に進むよう努力はした。
これで文句言われても知らん。これが僕の精一杯だし。
右へ、左へ。
そのたびに振り落とされそうになりながら、僕達は何も見えない海を進む。
クラークはこの海でよく方向を見失わないな。
師匠は撒き餌とジョージの対処をしながら、僕は船の移動と補強をしながら、どうにか船にしがみついている。一瞬でも気を抜けば落ちてしまいそうだ。
まあ、船が揺れてるのは僕が動かしているからだけど。こうしないとイカの餌だから仕方ないよね。
……あれ? クラークだけ楽してね?
僕も師匠も二つの仕事をしてるのに、こいつは航路案内だけじゃね?
なんか鼻につくなって思ったらそうか、こいつが一番楽だからか。
まあ、それが一番重要な仕事なのは間違いないけど。
「アラン、妙じゃとは思わんか?」
「? 何がです!」
師匠、相変わらず落ち着いてるな。
「当たり前じゃが、クラーケンの脚は十本ある」
「そうですね?」
イカだしね。
厳密には八本の脚と二本の触腕だが、十本の攻撃手段がある事に変わりはない。
だが——
「あ、そうかなるほど」
師匠に遅れて、ようやく僕も理解する。
ジョージはさっきから、触手四本でしか攻撃していない。
「……! 来るぞ!」
「了解!」
慌てて、船を加速する。ぎりぎりと嫌な音を立てる船体にありったけの魔力を注ぎ込み、なんとか分解するのを防いだ。
そして、つい今まで船があった海面からは、ジョージの触手が飛び出してきた。あのままの速度で進んでいたら、間違いなく船底から串刺しになっていただろう。
「こんなの何度も避けられないですよ師匠!」
「船が崩れるの」
「落ち着き過ぎだってば!!」
恐らく、ジョージは非常に高い知能を有している。
四本の触手だけで攻撃していたのは、この海中からの攻撃を見越してのものだ。急に四本だけでしか攻撃しなくなったら不自然なので、初めから四本だけしか使わなかった。しかも、その攻撃にこちらが慣れるまで待ってから行動に移したのだ。
つまりは不意打ち。それをはかるだけの知能がある。
今避けられたのも、師匠が直前に気が付いたからだ。もしもその判断が遅れていたならば、僕らは今頃ジョージの腹の中に収まっている。
「どうすんだよ!?」
「偉そうにするな! お前の持ち込み案件だろうが!」
「誰のせいでも状況は変わらんぞ」
「なんで師匠はそんなに落ち着いていられるんだよ!?」
「いやなんでって……」
あと何回もあんな攻撃が来たならば、船を保たせる事はできない。
僕はある程度魔法の扱いを覚えたつもりだが、それでもこれが限界だ。
周りは一面の海。逃亡も救援も期待できない。
とてもではないが万事休すといったところだ。
——だが、師匠はそうは思っていない。
なぜなら……
「もう助かったからの」




