実行忍者 其の一
「この体はよ、偶然溺れてるところを見つけたんだ」
船の上、なんかよく分からないけどクラークが話し始めた。
「ジョージにやられたみたいなんだが、不味かったのか食われてなくてよ。遺族に届けようと思ったらやたら嫌われててな。愚痴を聞いてるうちに仲良くなったんだ。そんでご厚意で、この姿になってもいいと言われてな。以降コイツのフリをさせて貰ってるんだ」
「うん、その詰まんない話なんで今したの?」
「いや、だって暇そうにしてたから……」
クラークの言う通り、随分と長い間船の上だが特に何も起こらなくて暇を持て余していた。海の上は意外に風が強いなとか、そんな事をぼうっと思うくらいには暇だ。
本当ならジョージを誘い出すはずなのだが、全然姿が見えないのだ。
「だけど、いきなり自分語りしろとは言ってないよ」
「さっきまでの謙虚さはどこいったんだよお前!?」
どこ行ったも何も、敵対したら困るから下手に出ていたにすぎない。
協力関係ができた以上、必要以上に諂うつもりはさらさらないのだ。
「僕らは君に協力する代わりに、君は僕らに協力する。だったら立場は対等だよ」
「まあ、そういう事じゃな。ちょっと態度がデカすぎとも思うが」
「ちょっと……?」
師匠はまだ遠慮がちに見える。魔王軍を裏切った負い目を感じているのだろう。
まあ、僕の知った事じゃあないが。
「僕はこれで平常だよ。師匠以外にはだいたいね」
「オレはいつでもお前らと心中できるんだからな?」
「船沈める程度で僕らを脅せると思ってるの?」
まだ、岸からはそう離れていない。
目に見える範囲に陸が見えているのなら、いくらでもやりようはある。
「というかぬし、私達を殺したらクラーケンが……」
「ジョージ」
「……ジョージが助けられんではないか」
「そうだった……」
コイツ意外に抜けてんな?
こんなんで諜報活動とかできたのかな本当に。
「にしても、本当に来ませんね、クラーク」
「あぁ、いつもならオレが呼んだらすぐ来るんだが……」
もう二時間も海の上で待ちぼうけだ。
このままジョージが現れなかったら、僕らの目的は果たせなくなってしまう。
というか、多分あの街もだいぶ困るだろう。
今でこそ沖で漁をしない限り被害は出ないが、それがいつまでも続くとは限らない。魚も無尽蔵ではないし、だんだんと近海で獲れる漁は少なくなってくるはずだ。
そうなれば、ジョージは内海まで来るかもしれない。なにせ、内海には師匠の魔力が残っているのだから。
ジョージが内海に入った時の事など、考えるだけでも恐ろしい。
僕は別にとびきりの善人というわけではないが、失われる無辜の命に傷める心くらいはある。
被害など、出ないに越した事はないのだ。
そして、そうでなくとも懸念は尽きない。
そもそも、内海の漁にもそのうち影響があるはずだ。
漁を続ける限り、魚はだんだんと少なくなる。漁ができなくなると、祟りなど恐れずに外海へ行く者も現れるかもしれない。
そうなれば、やはり被害が出てしまう。
どちらにしても、ジョージの存在が明らかになるのは時間の問題だろう。
ある程度隠す事はできても、隠し通す事は絶対にできない。
すると、恐らくは最寄りの都市から討伐隊が派遣される。この場所だと王都から。
騎士団本隊から派遣される精鋭たちだ。ジョージのような強大な魔物が簡単にやられてしまうとは思わないが、しかしそうなると騎士団に多大な被害が出る事となる。
そして、まず間違いなく騎士団は討伐の任を完遂する。
どれほど強力な魔物であろうと、騎士団の統率の前に完勝などあり得ない。一度目の遠征で上手くいかなければ二度目を、二度目で仕損じれば三度目を、必ず前回よりも洗礼された策を弄して挑み続ける。
必ずだ。必ず、ジョージは討伐される。
このまま放っておけば、間違いなく後味の悪い結果となる。
当然、それは望ましくない。
「……なあ」
「? どうかしたの?」
クラークが、眉間にしわを寄せて周りを見る。僕に声を掛けはしたものの、僕の方を向かずにその警戒を続けている。
「ちょっと変じゃねえか?」
「変……?」
僕も、周りを見る。
一見しておかしなところは感じなかった。
魚も跳ねない。波もない。船の上の人影が増えていたら減っていたりという事もない。
静かな事以外は何もおかしくない。静かすぎるというのなら確かにそうかもしれないが、それがどうしたのかというのか。
風の音がよく聞こえる事以外に何か変わる事があるというのか。
……風の音?
「なんで風が吹いてるのに波がないんだ……?」
凪いでいるわけでもなく、しかし海は随分と静かだった。
むしろ、風は強く感じる。これは、明らかな違和感だった。
まず間違いなく、なんらかの意図を感じる。
何かしらの作為。それが望ましくとも望ましくなかろうとも、現状の把握は不可欠だろう。
「クラーク、これはまさか……」
「本当なら考えたくもないが、恐らくな」
「二人とも、思い当たる節が?」
考えがあるなら思わせぶりな態度を取る前に話せよ。
「これは恐らく……」
その時、船が大きく揺れる。
しかしそれでも、波は立っていない。
その不自然な現象に、師匠とクラークは確信を持ったようだった。
身動きの取れなくなった船の周りから、巨大な影が無数に伸び上がった。
俄かに現れたそれを見れば、それをよく知らない僕でもハッキリと原因を理解できる。
「……クラーケンの仕業じゃ」
現れたのは、吸盤を持ったウネウネとしている触手だったのだ。




