対話忍者 其の三
クラーケン。
かつて海に存在した、巨大なイカの化け物だ。
船をそのまま飲み込むほどの体で、幾つもの海を震撼させてきた。
千年前に魔王軍が飼い慣らしていた魔物の一匹だ。
そして、その頃のクラーケンの世話をしていたのはクラークだ。
クラークがこの街に来た事と、沖で事件。二つを合わせて考えれば、そこにある答えが見えてくる。
「クラーケンじゃない。ジョージと呼べ」
「……名前なんぞ付けておるのか」
師匠は少し不思議そうな顔をする。
クラークは、何やら不愉快そうだった。
「犬を飼えば名前を付ける。子供がいれば名前を付ける。だったらイカに名前を付けてもおかしくないだろう」
「いや、そうじゃが……まあそれは良い」
まあ、ここを突くと永遠に会話終わらない気がするしね。
「とりあえず、現状の確認じゃ。外海の祟りというのは、クラ……ジョージの仕業と見て間違い無いな?」
「仕業なんて言い方はよせ。彼は、腹が減ってるだけだ……」
「つまり、空腹のジョージが原因じゃな。私達の目的は王都港へ入る事じゃ。ジョージの目を掻い潜って向かう事は可能か?」
「……できる。というよりも、ただ素通りする程度ならジョージはこっちに気がつかないだろうぜ」
「ならば問題は……」
「ただし!」
クラークが、師匠の言葉を遮る。
その視線は僕と師匠を交互に見つめ、やがて意を決したように言葉を口にした。
「条件がある。ジョージを素通りして王都へ向かうだけというのなら、協力はできない」
「……なるほど」
自分よりもはるかに強大な力を持つ相手にこれを言うのは、きっと随分勇気のある事だろう。
強い視線に反して、クラークの額には汗が流れていた。
「聞くしかないでしょう。僕達には選択肢がない」
「私も同じように思うよアラン。ありがとう」
僕の言葉に、師匠は安心したようだった。
「話を聞く前からそんな事言っちまっていいのか? もしかしたらとんでもない無理難題を吹っかけるかもしれないぜ?」
「その時はまたその時考えるし、師匠が信用している相手を僕が疑うわけにはいかないよ」
「……そうか。悪いな」
今まで力の入りっぱなしだったクラークの肩から、ようやく力が抜けた。視線も力強いものではなくなり、彼本来の優しげなものに変わる。
そして、ゆっくりと話し始めた。
「クラーケンって生き物は、魔力を食って生きてるんだ。生き物には多かれ少なかれ魔力があるもんだから、獲物を食いながらそれを吸収してる。当然ジョージもそうだ」
「つまり、今は魔力不足と?」
「平たく言えばそうだ。魔王様がおられた時は、魔王様の魔力に当てられて強力になった魔物も多くてな。食料には困らなかったんだ」
「しかし魔王は滅びた。なるほど、こんな影響が出るとはの」
「魔王って滅んだの千年前ですよね?」
「クラーケンの胃袋はそれくらい保つでの。私達のような普通の生き物とは出来が違うわ」
師匠って普通の生き物だったのか……
エルフの突然変異とかだと思ってた。狂エルフって言ってたし。
「オレとジョージは千年間隠れて暮らしてたんだが、そういう理由があってジョージが飛び出していってな」
「ああ、この地には私の魔力残滓が残っておる。餌も美味いのやもしれんの」
「多分な。それで、漁師みたいに魚を獲る連中に反撃するようになっちまった。一応、オレもちょくちょく食い物を運んでるんだが、それでは全然足りないらしくてな」
なるほど、それで漁師が魚を獲る時だけ襲われるのか。
「んで、こっからが本題なんだが。ジョージを助ける事はできないか?」
「……ほほう。なるほど確かに」
「難儀しますねぇ……」
正直、気持ちはわかる。
ただ、難しいのではないかとも思う。少なくとも、僕には思い浮かばない。
飢えたクラーケンを沈める方法なんて言われれば、餌を与えるくらいしかないのではないだろうか。じゃなきゃ殺すしかない。
ここは、上手く言いくるめて処分する方向で話をもっていくしかない……!
「私に考えがある。上手くいけばまとめられるじゃろう」
え? マジかよ。
師匠すげえな。上手くまとめられるのか。
「本当か……!? どうか頼む……!」
なんとなくニコニコしながら、つい今までの考えを無かった事にする。
はぁん? クラークの大切な親友であるイカを殺そうとしたアホがいるのかぁ? 人間の屑かよそいつは。
ともかくとして、師匠の考えを実行する事になった。
平和的に解決できるならそれに越した事はないからな。




