対峙忍者
「おう! 揃ってどうしたんだ?」
「相変わらず声がデカいの」
「輝かんばかりの笑顔も決まってるね」
「お、おう……?」
適当な事を言いながら、僕と師匠はそれぞれ反対方向に歩く。
オヤジさんを中心とした円を描くように、2人で挟み込むように。
「どうしたんだよ、藪から棒に。ちょっと気持ち悪いぜ」
「おおう、それはすまん。ウッカリしとった。ついつい本音がの」
「この顔に免じて許してくれよ。僕とオヤジさんの仲じゃあないか」
魔族というものに対して、僕はほとんど無知だ。
歴史を学ぶ上で聞いた事があるという程度であり、現存する事すら今日知ったくらいだ。
一体どういった存在なのか。
何を目的としているのか。
何一つ知らないでいる。
今こうして余裕ぶっているのも、師匠がいるからに相違ない。
実際には恐ろしくて、口を開く事も遠慮したいくらいだ。
しかし、師匠がいなかったなら逃げ出していただろうと思う反面、師匠がいる限りは安心だとすら思う。
むしろ状況が読めていないらしいオヤジさんの事を観察する余裕すらある。
「オヤジさん、今日はよく売れたみたいだね。売れ残りを持っていないじゃあないか」
「お、おう。だからなんだってんだ」
「不躾じゃぞアラン。相手の懐を一々探ろうとするな、賊でもあるまいし」
「おっと、こりゃ失礼」
オヤジさんの顔から、とうとう笑顔が消えた。
僕達が何を目的としているのか。僕達が何をしているのか。判断がつかないでいるためだ。
しかし、少なくともただの客ではなくなったのだと理解している。
だからこそ警戒し、それ故に意識を集中する。
そんな様子見などしている間に、術中であるなどとは夢にも思っていない。
「気付かぬか? オヤジ殿」
「……何がだ?」
「無論、こんなに大きな通りで私達しか通行人がおらぬ事にじゃが」
「——!!」
オヤジさんが、周りを見回す。
確かに、この賑やかな街には珍しく人っこ一人いない静かな風景が広がっていた。
およそ自然にはあり得ない状況。当然、師匠が魔法によって作り出したものだ。
【魔法:包囲結界】
一定の魔力て空間を囲む事によって、それを下回る魔力量しか持たない存在を遠ざける魔法だ。人間の無意識下に働きかけるので、多くの者が自らが影響下にある事に気が付かない。
この道を避けた人間の全ては、なんとなく別の道から帰ってみようと考えたのだ。日常に充分ありうるその程度の気まぐれを、この結界は誘発する。
おそらくオヤジさんも驚いたのだろうが、しかし、僕達から目を離したのは迂闊だと言わざるを得ない。
「……っ!」
僕の行動から明らかに一歩分遅れていながら、踏み出した僕に確かに反応して見せた。
あわよくばこのままたり抑えようと思って飛び出したものの、そう簡単にはいきそうもない。
もしも懐に入っていたならば、なんらかの反撃を受けていた事だろう。
……手強い。
魔族に対する認識を、もう一段階高くする必要があるようだ。
「何のつもりだ! 何なんだよお前ら!!」
「それはこっちのセリフだよ。魔族が何のつもりで人間に紛れているんだ?」
「っ……!!」
苦虫を噛み潰したら、きっとそんな顔をするんだろう。オヤジさんの表情が、大きく歪んだ。
やはり、師匠が言っていた事は正しかった。
彼は魔族であり、本物のオヤジさんに取って変わっていたのだ。
「アラン、落ち着け。そう睨むでない」
「……そうですね。勇んでしまったようです」
「そうじゃな。ぬしは手を出さんで良い。私がやろう」
「俺を相手に何をやるって!?」
魔族は、師匠に向かって全力で駆け出した。
驚くべき脚力だ。およそ単なる漁師のものとは思えない。一歩目から既に最高速で、わずか二歩の内に10メートル近い師匠との距離を埋めてしまった。
人間離れ、いや、まさしく人間ではない。
「よせ、別にとって食いやせん」
師匠は場違いなほど落ち着いた声で、彼の肉体を避ける。小柄な身体を逸らし、屈み、通り抜けるようにかわしたのだ。
見切っていなければ、できない動き。たったこれだけで、師匠と彼の格の違いが垣間見えた。
「クラーク、よせ。私はお前に危害は加えん」
師匠は優しげに、そんな事を言う。
初めは様子を見るために挑発的な言動をとっていたが、既にその意味は失われていた。
だから、本音で話す事ができる。
今自分達しかいないという状況でなら、隠す事は何もない。
「なんだと……?」
「だから、危害は加えんと……」
「違う!」
怒鳴られても、師匠は眉一つ動かさない。
動揺する必要などないのだ。
「クラーク、だと? なぜ俺の名前を知っているんだ」
「お前の事ならよく知っている。魔王軍諜報部のクラーク・シェイプシフタよ」
動揺する必要などない。
なにせ、師匠は彼の事をよく知っているのだから。




