調査忍者 其の五
「どうじゃった?」
「全て確認しました」
しばらくすると上がってきた師匠に、目の前の部屋を指差す。
僕が何を語るまでもなく、聡明な師匠は事態を把握した。
「なるほど、ようやった」
「恐縮です」
師匠が階段を上がる気配を感じ、部屋は慌てて閉じてしまった。
音だけでは師匠なのか女将さんなのか判断ができなかったからだ。
「して、中身はどうじゃった?」
師匠の言葉に、一瞬たじろいでしまう。
ドアを開けた時の衝撃が、今更になってフラッシュバックしたのだ。
ただの生き死にに止まらない事態に、僕は慄いている。当然もう一度見たからなんだというわけでもないが、しかし未だに衝撃から立ち直っていないのも事実だった。
「どうした?」
「……いいえ。何も問題はありません」
一度目と同じように、僕は鍵を開ける。一度目で大まかな構造は把握したので、思ったより手古摺りはしなかった。
ドアは、簡単に開いた。
なんの抵抗もなく、僕らを拒む事なく。
そして、そこには変わりなくオヤジさんの死体がある。
ともすれば消えていたり、あるいはまったく別の死体になっていたりしたらどうしようかと思ったが、そんな物は完全な杞憂だったらしい。
その事実に安心半分、僕の見たものが見間違えでないとわかって不安半分といったところか。
「これは……」
師匠も、どうやら驚きを隠せないでいるようだ。
しかし、僕とは様子が違うように見える。
ただ驚くばかりだった僕と違い、師匠はそこで考え込んでいる。
口に手を当て、瞬き一つしない。
「……師匠?」
「アラン、解決した。恐らくじゃが」
「……!」
驚いた。僕には全く理解もできない現状を、師匠は理解してしまったのだ。そればかりか、一連の事件まで解決してしまった。驚かずになどいられるものではない。
「ここで話す暇はない。鍵を閉めろ。すぐにでもこの宿を離れるぞ」
「はい」
「ぬしには、多く話さねばならん事がある。良いな? 途中で疑問も浮かぼうが、私が話し終えるまで口を挟まずに聞くのじゃぞ」
有無を言わさない声。真剣な表情。
ただならぬ雰囲気を感じ、僕はただうなづく事しかできなかった。
◆
シェイプシフタという魔族がいる。魔王の全盛に繁栄した悪魔だ。
その特性は、姿の写し身。あらゆる物体に姿を変えるのだ。
魔族との情報戦において、人間がことごとく後手に回り続けた理由がそこにある。
つい先程まで味方だった者が、ほんの少し目を離したうちに密偵となっている。どこからともなく降って出た敵の影に、人類の軍は混乱を余儀なくされた。
姿から、見破る術はない。肌の色はおろか、シワや体毛や体温や体臭にいたるまで、本物のそれと相違なく写してしまうのだ。
「だったら、見破る事は不可能なのですか?」
「いや、そうではない。その性質が完全であるならば、人類が魔王に勝利する事などできなかったろう」
師匠は海の方を見る。
夕陽に照らされた波が、鱗のように細かな模様を作る。
随分と美しい光景に見えるが、師匠はあまり好きではないようだった。
「性質じゃ。シェイプシフタは、写し取ったものの性質を必ず違える」
「……と、いうと?」
イマイチ分かりづらい表現だった。
どうにも漠然としている。
「シェイプシフタは、元々写したものに混乱を及ぼす悪魔なのじゃ。仲の良い者には辛く当たり、仲の悪い者にゴマをする。そうして壊れてしまった人間性に混乱する様を見て、生きる糧とする。かなり下衆な趣味じゃろう」
「つまり、本物とは全然違う行動をとると?」
「そうなるの。主に性格が全く違うものになる」
なるほど、そうなれば、現状全ての説明がつく。
突如として性格が変わってしまうなど、シェイプシフタであるならばむしろ当然の事だ。
「オヤジさんはシェイプシフタであると……」
「間違いないじゃろう。部屋に寝転がされている死体の方が本人じゃろうな」
ならば、殺して変わったか。
何が目的かは全くわからないが、少なくとも疑心が確信に変わった。この騒動の原因はオヤジさんであり、解決の糸口はそこにある。
とすれば、僕らが取るべき行動も自ずと見えてくるだろう。
「本当なら本物を殺す必要などないのじゃが、不慮の事情でもあったのかの?」
「捕まえればわかる事です」
「……違いない」
僕らは、夕焼けに染まった街を眺める。こちらはゆっくりと歩いてくる人物を待って。
事態は、間違いなく今日中に解決する。
師匠と僕が真に力を合わせた以上、逃げられる者などいようはずもないのだから。




