調査忍者 其の四
怪しいという意味でなら、なるほどそれは的を得ていた。
当然それだけで何かを断定できるわけではないが、しかしなんらかの手掛かりにはなるかもしれない。
現状、なんの手掛かりもない事を思えば、調べてみる価値は充分にある。
師匠の顔を見れば、僕と同じように考えている事が分かった。
そうなれば、やる事はもう一つしかない。
「行くぞアラン」
「御意に」
「情報提供、感謝する。少ないが礼だ、受け取れ」
男の手に押し付けるように謝礼を渡すと、返事を聞く間もなくその場を後にする。
善は急げと言うように、あるいは思い立ったが吉日と言うように、時間を無駄にする事は好機をものにできない事と同義だ。
僕達の行動には、迅速さが求められている。それこそ、情報提供者との会話を蔑ろにしてしまうほどに。
◆
オヤジさんは、昼間に宿にいる事はないようだった。
朝早くから漁に出かけ、その日の水揚げ量を確認すると、そのまま店へと足を向けるのだそうだ。
そうして、夜まで帰ってくる事はない。この街で働く漁師のほとんどは、そのような調子で暮らしている。
そして、女将さんは調理場で夕食の支度をしている。
久々のお客で張り切るとは、昨日本人から聞いた言葉だ。
つまるところ、宿の中はほとんど人気がない。
なにせ、今いるお客は僕達だけなのだから。
「手を分けるぞ。ぬしは二階を見て来い」
「了解」
声を潜めて、足音を殺して、しかしコソコソとはせずに僕らは動いた。
見つからない事は第一だが、もしも見つかった場合に不自然な挙動を見られてはならないからだ。
堂々としていれば、見られる事はあっても咎められる事はない。なにせ、僕らは泊まっている宿の中を歩いているに過ぎないのだから。
しかし、調査は困難に思えた。ダメで元々。そのレベルに。
なにせ、僕らは自分達が何を探しているのかすら分かっていないのだ。
あるいはあるかもしれない、ともすれば存在しないかもしれない。そんな手掛かりを探して、コソ泥の真似事なんかをしている。
事実、どの部屋にもそれらしい物はなかった。
ご丁寧に悪巧みが書かれた日記なんかでもあればよかったのだが、夫婦で使っていると思われる部屋にもそんな物はなかった。
そもそも、そんな分かりやすい物などあるはずがないが。
「……?」
半ば諦めかけていた時、不自然な場所を発見する。
場所は、僕らが泊まっている部屋の反対側。一番遠い部屋だ。
そこには、鍵がかけられている。
もちろん、それだけなら何もおかしな事はない。たったそれだけだと言うのなら、僕がそれに違和感を持つ事もなかっただろう。
ただ、他の部屋には一つも鍵がかけられていなかったのだ。
いやむしろ、他の部屋には鍵自体が存在しない。
貴族だった頃には思いもしなかったが、実は民家に鍵という物を利用する平民はそうそういない。
当然、相当高級でないならば、宿になどそんな物あるはずもないのだ。
精々が、内側からかける閂。鍵と鍵穴などという精巧な技術が必要な代物を、こんな安宿が全ての部屋に用意しているはずがない。
だが、その部屋は鍵が存在した。南京錠によって閉ざされ、対応する鍵がなければ開けられない。
おそらくはこの宿で唯一、外から鍵をかけられる部屋だ。
しかも、蝶番に対して南京錠が真新しい。明らかに、後から付け足された物だ。それもごく最近に。
疑えば、新たな疑いも後から出てくる。
そういえば、女将さんは他の部屋が雨漏りしていると言っていなかったろうか? 僕が見たところ、床にそんな跡が残っている部屋は一つも存在しなかった。
もしかしたらアレは、他の部屋に行かせないための口実だったのではないだろうか? もちろんそんな事をする客などそうそういないだろうが、念のためにそうしたという可能性は充分にあるように思える。
疑いだせば、キリがない。
彼らが怪しいという思いが、僕の中で次第に強くなっていくのを感じていた。
ただドアが開かないという程度の事がこんなに怪しく思えるなんて、自分でも驚きだった。
もしも開ける事ができなかったら、僕の中の疑いはなお大きかったろう。
南京錠に手を触れる。
【魔法:金属操作】
スキルによる魔法とエルフの魔法の違いは、汎用性だろうと思う。魔力を正しく操作できるのなら、あらかじめ決められたわけではない動作をする事も可能なのだ。
今行っている事も、鍵の金属を操作して解錠を試みている。鍵の内部を目視できないため難しいが、しかし不可能というほどでもないだろう。
形状と、部品と、仕組みを魔力から感じ、どのようにすれば開くのかわ考える。さらには音を立てないように慎重に。
目隠しで物を組み立てる感覚に似ているだろうか。少なくとも、難しさでいえばそのように思えた。
「……よし」
小さな声で、思わず漏れた声。
南京錠の鍵穴が、滑らかに回転する。
さて、中はどうなっているのか。
出るのは果たして鬼か蛇か。
ある程度の心構えは必要だ。そのつもりで、僕はドアを開いた。
しかし——
「——なんだこれ……!?」
恐れずにはいられなかった。
声を出さずにはいられなかった。
驚かずにはいられなかった。
いや、それも仕方がない事なのかもしれない。
なにせその場にある物は、およそ想像だにする全てを裏切っていたのだから。
およそその場にあるべきではない。僕の常識が否定している。
それは、オヤジさんの死体だった。




