調査忍者 其の三
アンタら、アイツと話してみてどう思った?
いや、聞くまでもないか。さっき気のいい奴って言ってたもんな。正直、俺だってそう思うし、他の奴らだってだいたいそう言う。アイツはいい奴さ。
今はな。
昔の……と言っても半年くらい前だけど、それまでのアイツは本当に最低な奴だった。
昼間から飲んだくれては嫁さんに暴力を振るうし、他人の女だろうと構わねえで手を出そうとしてた。
漁に出る時以外はほとんど遊び呆けて、他人の船に忍び込んではその日の水揚げ分をくすねたりする。
そんなもんだから家計が苦しくなると、今度は嫁さんに夜に働けって言うんだ。
女が夜にやる仕事なんて、家を持ってる奴がやるもんじゃねえ。
それを分かってて、アイツは働けって言ったんだよ。
街中のみんなが嫌ってた。どうにかして死んでくれねえかって思ってた。
アイツが金を全部持ってくもんだから、嫁さんはいつもガリガリに痩せてたし、とんでもなくやつれてた。
今からは想像もできねえだろうけどな。
ある日、アイツがいない間に飯食いに連れ出した事があるんだ。
近所の連中はみんなアイツの横暴を知ってたから、たまに飯に誘ってたんだよ。
でもそん時は運がなくてよ、アイツがひょっこり顔を出しちまったんだ。
いつもだったらどっかの女の家で寝てるくせによ、この時は気紛れに飯屋に入ってたんだ。それが偶然、俺たちとばったり会っちまった。
俺としちゃ「アイツは俺にたかってくるだろうな」って思ったんだ。「タダ飯食えるなんてラッキー」なんて思ってるんだろうなって。
こんな奴の飯を奢るなんてゴメンだが、まあ嫁さんの事思ったらしかたねえかって、そんな事思ったんだ。
俺は、もっと深刻に考えるべきだったんだよ。
アイツはよ、嫁さんを見るたら、いきなり殴りつけたんだ。
何が起こったのか分からなかったな。
アイツは、「みっともねえ真似するんじゃねえ」とか「俺の顔に泥を塗るな」とか言って、震えながら丸くなってる嫁さんをもう一回蹴り付けたんだ。
やたらと酒の臭いがしたのを覚えてる。せめて酔い潰れてくれてりゃ、こんな事にはならなかったのに。
嫁さんはずっと「ごめんなさい」って繰り返してた。
その様子がとんでもなく悲しくってな、俺まで一緒に震えちまうかと思ったよ。
でも、俺が連れ出したせいでこんな目にあってるんだ。俺がジッとしてるのはおかしいから、一言言ってやろうかと思った。「止めろよ」って、「そこまでする事ないだろう」って。
だけど、俺が言うよりも早く、アイツはこう言ったんだ。「人の女を連れ出すなんていい度胸だな」って。
言葉が出なかった。
アイツは能足りんの大バカ野郎だけど、間抜けじゃなかったんだ。
俺がアイツの嫁さんを好きな事、分かってたんだよ。
何もできない俺をみかねた他の客がアイツを押さえつけてる間も、俺は何もしないでそこに立ってた。
嫁さんが「主人に乱暴しないでください」って消えそうな声で泣いてる時も、俺は突っ立ってるだけだった。
アイツらが帰ってくところを、ただ見てるだけだった。
俺は最低だ。最低のゲス野郎だ。
全然良心なんてもんはなくて、全部下心でやってた事なんだ。
それからしばらく、アイツとは顔も合わせなかった。
アイツがとんでもなく恐ろしくなっちまって、顔を見ると汗が止まんねえんだ。
俺を見るアイツの目が、恐ろしくて仕方ねえ。
だが、それもあの日までだった。
正直、詳しくいつの日ってのは覚えてねえ。確か半年くらい前だ。
その日、偶然嫁さんを連れてるアイツと会っちまってよ。
俺は驚いた。二人は、まるで前から仲が良かったみてえに腕を組んでるんだ。嫁さんは今まで一度も見た事ないような笑顔でよ、やつれてたのが嘘みてえにえらく綺麗になってた。
俺がビックリしてるとな、嫁さんが挨拶してきた。「あら久しぶりですね」って。驚いてる俺の方がおかしいみてえに。
アイツも、「よう、最近どうだ?」なんて気さくに話しかけやがって、実は顔が似てるだけの別人なんだぜって言われても信じちまいそうだったぜ。
それからってもの、アイツはすっかり善人になっちまいやがった。
まさに理想の夫婦って感じだ。
とてもじゃねえが、今までからは想像もできねえ。
それともう一つ。
あの祟りってのは、アイツが変わっちまったから起こるようになったんだよ。




