調査忍者 其の二
沖に行って帰った。
それはつまり、呪いだとか祟りだとか、そういうものにみまわれなかったという事だ
「ほほぅ、それは……面白いの」
「是非とも詳しく聞きたい」
「お、おう……」
漁師の男は少したじたじといった様子で、しかし確かに話を聞かせてくれた。
なるほどこれは、一筋縄ではいかない何かが隠されていそうな話だった。
◆
漁師ってのは、朝が早いもんなんだよ。まだほとんど夜みたいな時間から起きて、明日ぼんやりと明るい空の隅っこを見ながら漁に出るんだ。
だからよ、その代わりと言っちゃなんだが、夜は結構早めに寝るんだな。それこそ、日が落ちるよりも早いくらいに。
だがな、俺も大の大人だぜ。いつだってそんないい子ちゃんみたいな時間には寝てられねえ。たまにはちょいと夜更かししてよ、酒場なんかに遊びに出かけたりするんだ。
そんで、その日もそうやって、ちょっと遊びに出かけてたんだ。
時間は夜更けも夜更け、草木も眠るってくらいの時間だ。
その日は、ちょっと風が強かった事を覚えてる。海風がよ。すっ転びそうになった。
んで、その転びそうになった時に、海の方を見たんだ。別になにを見ようって思ったわけじゃないが、風がそっちから吹いてきたんでな。なんとなく目を向けた。
ほとんどなにも見えねえくらい真っ暗だったんだけどよ、よく見ると向こうの方に動く影が見えるんだな。
一瞬波かと思ったが、でも確かに人影だと思った。何十年も漁師をしてんだ。海の上の事を見間違えたりするもんかよ。
その影は、見たとこ沖の方に行ってるみたいだった。
その頃にはもう祟りの話は出てたからよ、こりゃ大変だって思ったね。
でもよ、追っかける事なんてできねえじゃねえか。俺まで死んじまうかもしれねえんだからよ。
だから、ビビってその船の方をジッと見てたんだ。いや、もう見えなくなっちまってたんだが、それでも消えてった方をジッとな。
それで、その船は帰ってきたんだよ。ものの十分くらいで。
見えなくなってからすぐに、何にもなかったみてえに戻ってきた。
灯りをつけるわけでもないのに、夜の海で迷わなかったんだな。
俺、もしかしたら幽霊かと思ってよ。ほら、祟りの元凶がとうとう来たのかとな。急いで建物の影に隠れたね。でも、全然そんな事ぁなかった。
その船は真っ直ぐに岸まで戻った。俺は、その船が沖から岸まで真っ直ぐに来てる間目を離さなかった。瞬きだってほとんどしてない。
その船から降りてきたのは……もう分かってるよな? アースキンのオヤジだったんだよ。
アイツは周りに誰かいないのを確認すると、急いで宿に戻ったみてえだ。暗かったから、俺には気付かなかった。
夜が明けてからその事を聞いてみたんだが、何かの見間違いだろうって言われたよ。酔っ払ってたんだろうって。
でもな? 絶対そんなはずはねえ。俺は、あの時の風の冷たさや心臓の鼓動まで覚えてる。酔っ払いの妄想がそんな風になるか?
俺は、この祟りにはアイツが絡んでると思ってる。
間違いなくな。
◆
「なるほど、それは怪しいの」
「だろうとも。だから、アンタらも気を付けた方がいいぜ」
男の話は、確かにキナ臭いものだった。
これが事実なのだとしたら、オヤジさんは僕達に何かを隠しているという事になる。昨晩問いかけた時は、何も知らないと言っていた。
「だけど、それをただ信じるというのもおかしな話だ」
「なに……?」
そもそも、男はオヤジさんを信じるなと言っているのだ。それはつまり、代わりに自分の言葉を信じろという意味だ。
これはどちらを信じるかという意味に他ならず、結局僕達は疑いを持っただけで何も進展していない。
「それを見たのは貴様1人なのじゃろう?」
「……まあ、そうなるな」
「ならば、特別に貴様を信じる理由はないの。私達から見れば、貴様とオヤジのどちらが本当の事を言っておるのか判断がつかん」
「ま、待て! 確かに沖に出ているところを見たのは俺だけかもしれないが、アイツが怪しいところは他にもあるんだ! これは、アイツの知り合い全員が思ってる事だぜ!」
「ほう、話してみよ」
男は、なぜこんなにも慌てているのだろう。
たかだか目撃したという程度にしては、あまりにも冷静さを失い過ぎではないか。
もちろん、元々落ち着きのない人間であるのならばそれまでだが、しかし僕は違うものを感じていた。
それが何かまではわからないが、それでもただ不安に駆られているだけではない何か。
ひとまず、話を聞こうか。判断は、それからしよう。




