満腹忍者
宿アースキンは、意外と過ごしやすかった。
ベッドは結構フワフワだし、床や扉が軋む事もない。
朝と晩にはご飯もつき、簡単にだが汗を流せる湯浴み場もある。
見た目ほど古くはないのか、隙間風ひとつも感じない。
少なくとも、平均的な宿のそれよりもだいぶ上等に思えた。
崩れかけているかのような外身からは想像もつかない。
「これで飯が美味ければ最高じゃがの」
「大声出さないの。失礼でしょう」
一応注意はしたが、師匠としては褒めたつもりだろう。
調理場からは、魚がこんがりと焼かれている香りがする。鼻腔を刺激するその香ばしさは、料理への想像を存分にかき立てる。
当然、僕がかつて食べ慣れていた食事とは全く異なるのだろう。
しかしそれでいて、すなわち劣っているわけではない。
庶民のそれが貴族のそれにおよばないなどと誰が決めたのか。明確に上下が決まるとすれば、それは金額程度のものだろう。
僕は、この旅の中でその事を充分に理解している。
「ただいま! 戻ったぞ!」
「ああ、アンタお帰りなさい。ちょうど良かったよ、これ並べるの手伝っとくれ」
どうやら旦那さんが帰ったらしい。
裏戸から入るや否や、海の男に相応しい快活な大声で呼びかけている。
……なんか聞き覚えあるなこの声。
「お客か!! 凄えやいつぶりだ!?」
「そんなの覚えちゃいないよ! 手伝っとくれってば!」
「おおう! 悪い悪い!」
「……正直煩いの」
「本人に言っちゃダメだよ?」
なんだか、この街に来てからの師匠は機嫌が悪いようだ。いつもなら、こんな活気のある人の声なんか大好きそうなのに。
千年も一人でいた人の感覚なんて分かるはずもないが、海の男はあまり好みではないのだろうか?
「あいよぅ! 嫁さん特製の最高に絶品料理お待ち! ……お?」
「あ……」
道理で聞き覚えがあると思った。
器用に大きな皿を四つも持って現れたのは、この宿を教えてくれた魚屋のオヤジさんだったのだ。
「おおう! なんだお前来てくれたのか!!」
「ええ!? なにアンタのお客なの!? 珍しい人もいるのね!!」
「ホントだぜ! いつもは声掛けたって全然来てくれねえもんな!」
「外見じゃろうな、理由は」
「師匠めっちゃ機嫌悪いね」
なんでかはよく分からないが、女将さんとオヤジさんは配膳しながら席についた。
なんか自分の皿も一緒に持ってきてる。
従業員も一緒に食べる形式なの? それ自体は別にいいんだけど、あんまり馴れ馴れしすぎるのは苦手だなぁ。
つうか、同席の許可すら取らないんだね。
「いやぁ、アンタいい人だな! だいたいの奴はここを見つけられないか、見つけても看板見て帰っちまうかのどっちかなのによ!」
「じゃろうな」
「師匠」
師匠に注意はするものの、僕自身本当ならもっと良い宿をとりたかった。みんな帰っちゃうなら僕だって無視しとけばよかった。
ただまあ、内装は外から見るよりもずっと良いように見えるし、騙されたってほどには思ってない。
どうやら雨漏りしている部屋があるみたいだけれど、少なくとも僕が見える範囲は綺麗なものだ。
「さあさ食べて! 腕によりをかけた海鮮フルコースよ!」
「うちの嫁さんは料理の腕に関しちゃ最高なんだぜ! 自慢じゃねえがな」
大皿が一人一つずつでフルコース……?
これはどちらかと言えば盛り合わせだろう。
別に気にしないけど。
ちょっと上から目線で、そんな事を思っていた。
「はぁ〜、これ美味いのう」
「本当だ、美味しい」
なんかゴメンなさい。超美味しいです。
盛り合わせだとか味が大雑把だとか全然気にならない。
確かに大味ではあるものの、それが料理に合っている。
およそ宿がお客に出すようなものではないと感じるものの、それでいてとても美味しいというのがチグハグだった。
しかし、それは不快ではない。
「えっと、これはなんて料理ですか?」
「海産のごった焼き!」
聞いた事ねぇ。
とりあえず色々なものを全部焼いて盛り合わせただけなのだ。ただ、食材一つずつでそれぞれ味付けが変えられており、焼き加減も絶妙だ。
大雑把なその味に対して、随分と手間がかけられている。
ただ、盛り付けが絶望的にぐちゃぐちゃだ。
いくつもある料理が、上から順に取り敢えず乗せられている。
ごった焼きとはよく言ったものだ。確かにゴタゴタな見た目だ。
「しかし、こんなに量があって、よくもまあこの値段で出せるのう。倍はしそうじゃ」
「ああ、確かに」
実際量がすごい。
朝も同じように出されるのなら、とても食べきれないような量だ。
宿泊費のほとんどは食事代なのではないかという程であり、こちら側がちょっと申し訳ないと思うくらい安い。
「そりゃちょっと仕掛けがあってな。俺の店で売れ残った物を使ってんのよ」
「はぁ、なるほど」
「材料は古いが勘弁な! それに作る直前まで何ができるかもわかんねぇ!」
「まあ、何が売れ残るかなんてわかりませんしね」
「いや、それもそうなんだが、そもそも今朝に何が釣れるなんてわかんねえしよ」
ああ、それもそうか。
僕は漁師じゃあないから気が付かなかった。
「そういえば、最近漁師の中で何か噂がありませんか? 呪いとか祟りとか聞こえてきましてね」
他の人たちよりは、聞きやすいと思った。
こっちはお客だし、送って欲しいところは口に出さない。
オヤジさんは眉間にシワを寄せて、つい今までの快活な様子がすっかりなりを潜めてしまった。
「あー、あんまり言いたい事じゃあねえんだが……実はな?」
え、言うのか?
言わない流れかと思ったわ。
ただ、僕的には望ましいので黙っておく。
もしかしたら、問題が解決させられるかもしれないのだから。




