困惑忍者
船による王都入り。これは、僕の計画の要だった。
ここ百年ほどの間に、国内の戸籍制度は飛躍的な効果を見せている。
始められた当初は無戸籍市民も多く見られたが、時が経つに連れて民間にも深く定着し始めたのだ。
それによる利点は様々あるが、今重要となるのは治安の向上だ。
罪を侵した者を記録するだけでも、その効果は一目瞭然だ。捕らえた者の戸籍を見るだけで、その者が過去にどのような罪を侵したのか分かる。
これに誤魔化しは効かない。
一度目よりも二度目、二度目よりも三度目の罪の方がより大きな罰を与えられるのだから、前科者の再犯率が目に見えて減少した。
それだけならば、なるほど万事が良い方に運ばれている。
しかしそれは、無法者にとっては生き辛い世である事に他ならなかった。
ほんの数ヶ月前までは、僕もその法に守られていた。
しかし、都落ちとなった今では訳が違う。
王都へと続く全ての関所では、最近の犯罪者の顔と名前が控えられている。さらに言えば、僕は通行手形すら持っていない。
僕がそこを通ろうなどとすれば、たちまち捕らえられてしまうだろう。
腕尽くで押し通る事も不可能ではないが、僕は別に王都へ攻め入ろうというわけではない。できれば穏便に人知れず入りたいのだ。
また、ほとぼりが覚めるまで何年も待つつもりもない。
そこで考えたのが、船による密入都である。
正面からでは間違いなく捕らえられてしまうので、密かに侵入する。
陸路と比べると、海路は比較的に検問が緩い傾向がある。当然それは比較した場合という程度でしかないが、少なくとも海に関所は置かれていない。
なにより、この方法ならば通行手形が必要ないのだ。
手形は船長に提示要求がなされるものなので、全員に僕らが混ざっていても問題はない。
僕が忍者のスキルで姿を変えれば、それ以上の小細工は必要ない。
なにせ、師匠は顔を隠す必要などないのだから。
どうにか金を積み、頭を下げて、王都まで乗せてもらおうと考えた。
しかし、それもどうやら上手くはいかないようだった。
「船は調達できない……?」
「そうじゃ。二時間ではできぬという意味ではない。恐らく、この街で船を手配する事は叶わぬじゃろう」
「そ、それはどうして……?」
もしこの方法が絶対に取れないというのであれば、次なる手を講じなければいけない。
しかし、それには更なる時間を有する事は明白であり、僕の目的からも遠ざかってしまう。
僕の目的を確実に達成するためには、今この場で船を用意する事が絶対条件なのだ。
「船乗りが、沖合に出たがらんのじゃ。理由を聞いても、祟りじゃとか呪いじゃとか言って要領を得ん。誰に聞いても同じ事を言うし、王都へなどとんでもないと言いよるんじゃよ」
「は? なんだそれ?」
「そう思うじゃろ? 私にもわからん」
祟り、呪い。
師匠や僕が扱う魔法の中には、そういったものもあると聞いた。
しかし、この職業が幅を利かせている時代に、それらの影響が強く出ているとは思えない。なにより、僕は師匠から聞くまでこの魔法の存在すら知らなかったのだから。
「そも呪いとは、個人に対して発動する魔法の総称じゃ。それが悪影響を及ぼすものであれ、良い影響を与えるものであれそれは変わらん。ややこしいので呪いと呪いと言い換える事はあるがの」
「つまり、沖に出る事によって呪われるような事はないと?」
「この街の住人全員に『沖に出る事を条件に発動する魔法』をかけておるのであれば可能じゃが、現実的ではないの」
「ですよねえ」
もしも明確に船を出す事が不可能なら、諦めもつこうというものだ。しかし、実際には祟りだ呪いだなどという曖昧なもの。
とてもではないが、納得などできようはずもない。
「詳しい話は、誰もしようとせん。聞き出すのならそれなりの時間がかかるじゃろう」
「本当なら今日中に話をつけたかったけど、そうもいきそうにないですね」
「こればかりは金を積めばどうにかなる類のものではない。歯痒いが、仕方がないと思うしかないの」
そろそろ日が傾いてきた。今日の行動はここまでだろう。
とりあえず宿をとれたので、明日は朝から活動できる。それを思えば、そこまで時間がないという事もない。
「とりあえず宿に戻ろう。続きは明日じゃ」
「了解です」
後から考えてみれば、この行動は楽観的だったといえる。
自体はもっとややこしく、入り組み、面倒だった。
あるいはそれがわかっていたなら、もう少し平和的な結末が待っていたのだろうか。




