合流忍者
「アースキン……アースキン……どこだ?」
オヤジさんに言われた通り宿屋を探すが、アースキンという宿は一向に見つからない。
右へ左へと何度も行き来して、そこにある宿を一軒一軒見て回ってなおだ。
ここにある宿はどれも大きな建物で、見落とすような事はそうそうないと思うのだが。
もしや謀られたかと思ったが、そもそもそんな事をする理由が思い浮かばない。
初めて会ったため恨みはない。金を盗られたわけでもない。
ならば、僕を陥れる理由がまるで浮かばない。
「あ……あれかな……?」
どうしたものかと頭を掻いて、ふと視線を動かすとある建物が見えた。
南国風の植物が生い茂る中にこじんまりとあり、目を凝らさなくてはなかなか見つからないようなものだ。
しかし、その入り口には、消えかけの文字で『宿アースキン』と書いてあるのだ。
いや、読み間違いだろうか? 随分と掠れているものだから自信がない。
ともかく行ってみるか。師匠との合流まで時間も少ないし、あれが違ったら別のところに泊まろう。
「あの……ごめんくださぁい……」
自分とは思えないような声が出た。中はあまりに静かで、大声を出す事が憚られたのだ。
ただ、そんな気遣いは必要がないようだった。
「お客さん!? あ、いらっしゃいませ!」
おそらく女将さんと思われる人物が、それはそれは大きな声で挨拶をしてくれた。彼女の声を思えば、外の乾燥など鈴虫一匹にも満たないくらいだ。
「えっと、魚屋のオヤジさんに聞いてきたんですけれど……二人部屋をお願いできますか?」
「ああ!! ありがとうございます!! どうぞどうぞ! 一番上等なところにご案内しますね!」
やたらテンションが高い。
具体的には、馬車に乗った時の師匠くらい高い。
しかも接客に慣れていないようだ。いきなり部屋に通そうとしている。
「あの、おいくらですか?」
「ああ!! 私ったら、失礼しました!」
大丈夫かこの宿……
まあ、金額は安いようなので文句はないが。
「どうぞこちらです!」
「はあい、ここですね……」
一番上等という話だが、どうにもそうは見えない。
外から見た雰囲気と同じように、随分とくたびれた様子なのだ。
海岸沿いにあるどの宿の一番安っぽい部屋にも劣るだろう。ただ、別に住めないというほどでもなかった。
ある意味では絶妙と言えるか。一応広さもそこそこだし。
「他のところは雨漏りしてて、ここしか泊まれないんですよ」
「あー、そうですか。はい、わかりました」
とりあえず、宿の用意はできた。成り行きで随分と慎ましやかになってしまったが、問題というほどの事もない。
あとは師匠と合流すれば、今日の予定はひとまず終了する。
「なんだ……?」
なんだか、師匠の魔力が感じ取りにくい。
隠れている……いや、隠されているかのようだ。
靄がかかったかのように、朧げな像だけがそこにある。
見えないわけではないが、こちらから接触するには手間がかかりそうだ。
「それなりに訓練はしてるつもりなんだけどな……」
こういった些細な事で、自分の未熟さを痛感する。
ただ、別に合流に支障は出ないだろう。少なくとも大まかにはわかるわけだし、なにより師匠からは僕の事がハッキリと見えているはずだ。
実際、師匠は近付いて来ている。
近くにくれば、流石に未熟な僕でも見えてくる。
窓を開けて、部屋の中から師匠を探す。
海側に窓があるなんて、なるほど上等な部屋だというのは本当らしい。
師匠は小さいので、窓から見下ろして見つけられるか不安だったが、その心配はないようだった。
というか、この辺りは人通りも少ないので、紛れてしまう人混みなどなかったのだ。
「師匠、こっちです!」
「…………」
僕の事を見つけたらしい師匠が宿の中に入る。
階下から「一日で二人もお客さんが来るなんて!?」という声が聞こえたが、済まないそれは僕の連れなんだ。
僕が師匠を迎えようと下の階に降りると、ちょうど肩を落とした女将さんが目に写った。
別に騙そうとしたわけではないが、こうも落ち込まれると申し訳ない気がしてしまう。
「アラン、少し出るぞ。ついて来い」
「あ、はいわかりました」
僕の事を待つ事もなく、師匠は足早に外へ出る。
どうしたんだろう? 少し機嫌が悪いかな?
ある程度宿から離れると、師匠は僕の方に向き直る。
「まずじゃが、主に言わねばならん事が二つあっての」
二つも……
「ぬしはなぜあんなボロ宿をとっておるのじゃ。もっといい宿はいくらでもあろう」
「ああ、それはなんか成り行きっていうか……」
正直、僕もぜひ泊まりたいと思っているわけではない。魚屋のおっちゃんに勧められたから来ただけの話だ。無視して他に行くのも感じが悪いかと思っているうちに、「やっぱり別のところに泊まります」というタイミングを逃してしまったという程度の事だ。
「ふぅん、まあ良いわ。目立たんというのならそれに越した事もあるまい」
「あはは……それで、もう一つっていうのは……?」
「ああ、実はそちらが本命でな」
師匠が頭を掻く。
師匠が、困っている。
大抵の事は自分でどうにかしてしまう師匠のそんな反応を見て、僕は顔には出さないまでもひどく驚いた。
「実はの……船は調達できなんだ」
「……え?」
これは、とても大きな事態だ。
僕の目的が手詰まりとなってしまうほどの、一大事なのだった。




