散策忍者
ハーバシストという街は、国内最大の港である事はもちろん、その特異な形が有名だった。
海と陸の境が、この場所で大きく陸側へと抉れているのだ。
なだらかな海岸に開いた大きな歪。それは、明らかに人為的な要素が見て取れた。
つまりはこうだ。何の変哲もない海岸近くの大地に、何らかの人為的要因で穴が開いた。その大きさ、なんと直径数百メートル。
その穴の円周が海岸と接する事によって、海水が穴の内側に流れ込んだのだ。
それ故の形状。海岸が真円を描くなどという、他には見られない絶景である。
いつしかそこには人が住むようになり、今のような街がなされたのだろう。
しかし、これには否定的な意見も多い。
まさか、そんな事が可能であるものだろうかというのだ。
なるほど道理だ。
そんな事は、およそ人間業ではない。
しかし、僕は間違いなく人為的なものだろうと確信している。
なにせこの街は千年もの昔から存在する。
その時代といえば、魔王が存在し、それを討ち滅ぼす勇者もいて、師匠の全盛であり、マグナ・ドラゴも封印されていない。地面に穴が開く程度、むしろ茶飯事だったのではないだろうか。
「この街も随分と変わっておるな」
師匠が感慨深そうにうなづく。
「昔はどんな風だったんですか?」
今では、街のどこにいてもどこかしらの喧騒が聞こえてくるだろうというほどに賑わっている。王都のように大きな建物はないが、人の多さでは引けを取らないだろう。
僕としては、割と嫌いではない。
「昔はもっとこじんまりとした漁村だったのう。ただまあ、私が知っておるのはできたばかりの頃じゃから、小さくて当たり前じゃがの」
「へえ。じゃあ、師匠はこの穴がどうやって開いたのかご存知なんですか?」
「……まあ、の。別に面白い話でもないわ」
「? そうですか」
馬車をあれほど楽しんでいた師匠が、街に着いた途端に元気がない。
海が苦手なのだろうか? 例えば泳げないとかで。
だとしたら、あまり長居はしたくない。とはいえ、どちらにしてもここからは辛いかもしれないが。
「私は船を見てくるわ。ぬしは宿でも探しておれ」
あ、海に近づくのは大丈夫なのか。
「分かりました」
「ついでに街中でも見て回ると良いじゃろう。海辺には変わったものも多いのでな」
師匠の気遣いだ。
実のところ、海のものというのは結構親しんでいる。というのも、王都の程近くに港が存在しているのだ。
家の食事にも、よく海産物が出された。
ただ、それがすなわち興味の範疇でないという意味にはならない。
切り分けられ、火を通された物しか知らない食材が、実際にはどんな物なのか非常に興味がある。
「じゃあ、二時間くらいしたら合流という事で」
「うむ」
集合場所を決めなくても問題とならないのは、魔術師の利点の中の一つだ。
お互いの魔力と感知できるので、それを探せば相手を見つける事ができる。
さて、何から見て回ろうか。
差し当たって宿を探す事が先決だが、そもそも宿を見つけるためには街を見て回る必要がある。
ならば、街を見て回る事と宿を探す事に大した違いはない。
そう思い歩いていると、何やら食材を売っている店ばかりの場所にきた。
初めての場所だが、こういう場所は市場というのだと聞いている。
「お……うぅん……」
あの店先に並んでいるものが、さばかれていない状態の魚なのだろう。思っていたよりも随分と気持ちの悪い見た目をしている。
隣に並んでいるのは……よくわからない。これもウネウネとしていて気持ち悪い。
「オヤジさん、これは何でしょうか?」
「何だよにいちゃん、タコを見た事がねえのか? さては内陸育ちだな?」
「あはは……」
全然内陸ではないが、笑ってごまかす。
使用人が全てやってくれていたので調理されていない物を見るのは初めてだ、なんて言うつもりは毛頭ない。僕はもう、貴族ではないのだから。
……て、いうか、これがタコか。
生きているとこんなにも気持ちが悪いのか。知らなかった。
なんだか僕が思っていたほど面白いものではないようだ。
虫とかは割と我慢できる方だけれど、海の生き物はどうも肌が毛羽立ってしまう。
正直、あんまり楽しくない。
「買ってくかい?」
「遠慮します」
失礼な事ではなるが、オヤジさんのお気持ちは無碍にさせてもらうとしよう。
「そんな事よりも、このあたりに宿はありませんか? 今晩泊まる場所を探していまして」
「ああ、それならこの道を真っ直ぐ海の方に行けばたくさんあるぜ。海岸沿いの建物は宿か漁師の家って相場が決まってんだ。良ければ、アースキンって宿に行きな。俺の名前をだしゃあ良くしてくれるはずだぜ」
なんだ、結局海辺に行かなくてはいけないのか。
師匠と別れる必要はなかったな。
「わざわざありがとうございます」
話だけして何も買わずに行ってしまうなど、正直冷やかし以外の何者でもない。
ただ、それも仕方なしであると言える。オヤジさんには心の中で深く頭を下げておこう。
あの店で売っている物の中に、僕が触れそうな物が何一つないのだから仕方がない。




