移動忍者
馬車に揺られていると、昔の事を思い出す。
昔といっても、別に何年も前の事ではないが、なんとなく遥か昔の事のように感じてしまう。
父上は僕に対して非常に大きな期待をかけていたらしく、幼い頃からいろいろな仕事に連れられたのだ。
貴族の仕事というと、その多くが夜会や挨拶のような顔つなぎだ。当然、あらゆる言葉の裏には様々な思惑が隠れているわけだが、その頃の僕には会話の中に混ぜられる真意というものがよくわからなかった。
お陰で、ただ大人のお喋りは思う程度にしか思わず、貴族の舌戦を経験させようと考えたらしい父上の考えはほとんど無意味だったと言わざるを得ない。
正直なところ、父上は教え上手ではなかったのだろう。
「……師匠、随分と落ち着きがありませんね」
「まぁの! 実のところ、こういった乗り物にはあまり乗った事がなくての!」
子供のように(いや、見た目はまるっきり子供なのだが)はしゃぐ師匠を見ると、あまりにもつまらなくて昔の事を思い出している自分がバカらしくなってくる。
他のお客もいるので大人しくしていて欲しいものだが。
「これなんでこんなに揺れんのじゃ? 昔はもっと揺れとったわ」
「ウッキウキかよ……」
近年進歩が目覚ましい魔法技術に対して、馬車の技術はもう何十年もの間進歩がないのだという。
しかし、流石に千年も離れればその変化は目を見張るようで、師匠はしきりにアレは何かコレは何かと聞いてくるのだった。
「なんか、タイヤと車体の間にバネ仕掛があるらしいですね。それで振動を吸収するのだとか。詳しくは知りませんけれど」
「ほほう、それは面白いの」
まあ、どこかで聞いたという程度の話だし、そもそも記憶違いかもしれないが。
僕が生まれた時にはもうこの形だったから気にもした事がないのだ。
「ぬしは馬車に乗り慣れておるのだろう?」
元貴族という事でそう聞いたのだろう。
まあ、実際に馬車にはよく乗っていたのだが……
「僕が乗っていたのは辻馬車じゃあありませんよ。もっとこじんまりした物です」
そして、もっと豪勢だった。
それを聞いた師匠は、何が面白いのか大笑いしながら僕の方を叩く。
「そうかそうか! なんぞ嫌味っぽいの! して、それはこれとどのように違っておったのじゃ!」
正直うざい。
師匠って、多分酒癖悪いだろうなあ。
「そんな事よりも、まだつかないんですかね?」
「私の記憶ではもうそろそろ着いても良い頃じゃがの」
僕らは今、事情があって王都とは反対方向に向かっている。
僕の目的のためには王都入りが不可欠なのだが、急ぐ時には遠回りをした方がいい事もある。
「……いやしかし、千年も経っておるのにまだあるとは思わなんだ」
「僕も、あの街がそんなに歴史があるとは思っていませんでした」
これから行く街の名前を伝えると、どうやら師匠が知っているらしかった。
僕は行った事がない場所なのだが、なんと、師匠が森に閉じ込められる前の時代から全く同じ名前で現存しているのだという。
「……不思議じゃな。ああ……不思議じゃ……」
「? そうですね……?」
つい今し方まではしゃいでいた師匠が、急に何かを憂うような表情をする。
こう言っちゃなんだけど、ずっとそうしてればいいのに。
無駄に見た目は良いんだから。
「アラン、年齢でなくては失礼にあたらんわけではないからの?」
「何も言ってませんよ!?」
「顔に出ておるわ間抜けが」
クッソ、やっぱり勝てねぇ……
「おお、ぬしが間を抜けさせておる間に見えてきおったわ」
「あぁ、本当ですね」
煌びやかな景色を背景に、特徴的な分厚い壁で構成された建物が見えてきた。
千年もの歴史を持つ古都であるなどと感じさせない活気が聞こえてきそうな雰囲気を、遙かに距離を隔てたこの場所からでもはっきりと感じる。
もう、到着は間も無くだろう。
「楽しみです。海水浴とかできるかな。僕、海は遠くから見た事しかなくて」
「間違っても飲むでないぞ? えらく不味いからの」
海に溶ける街ハーバシスト。
国内最大の港を有する大都市である。




