今度こそ温泉忍者
——……よ。
——お……よ。
声が聞こえる。
心地の良い微睡の最中、それを遮らんとする声が。
——……きよ。
ああ、なんて事だろう。
まるで空の上で雲に抱かれているかのようだというのに、今僕はそれを阻まれているのだ。
そもそも、僕はどうして倒れているのだったか。
この浮かれ気分では思い出す事もできない。
ただ、ひどく疲れていた事だけはわかる。
なるほど、それほど疲れているのであれば、眠ってしまう事もやむなしだろう。
「起きよ! 起きんか寝坊助!」
「ぁ痛あ!!」
頭に蹴りを喰らい、にわかに目が覚める。
先ほどまで自分が何を思っていたのかすら忘れ、現状を把握しようと周りを見回した。
「傷は完全に塞がったわ。さっさと起きて飯にせぃ」
「あ、し、師匠」
僕が寝ていたのは、どうやら見覚えのある部屋だった。
師匠と2人でとった宿の一室。しかも、外の景色を見る限り同じ部屋らしい。
「ぬしが寝ていれば、それだけ延長料金がかかるんじゃ。世話も面倒じゃしの」
「全体的に僕への気遣いが皆無!?」
「あぁー、信頼じゃよ。ぬしならばあの程度で寝込むはずなどあるまい」
ぜってぇ嘘だわ。
「ああ!? 兄さん起きたんすか!?」
「なんで居んだよ……」
騒がしく部屋の中に入ってきたのは、特に何の役にも立たなかった山賊だ。
コイツはスラム育ちのはずだからこんな宿屋にいるとは思わなかった。
「もう起きないかと思ったっすよぉ! あんな化け物よく倒せたっすね!」
「いや倒してないけど」
「街の下にずっとおるぞ」
「なんでぇ!?」
師匠が使った宝具は、別に竜を中に押し込めるような物ではない。
大地の底に封印し、その要石としての役目を果たす物だ。
だから、この街の底には千年前からずっと竜がいたし、今もそれは変わらない。
この千年のうちに、竜がそこにいなかった間などほんの数時間程度なものだ。
今回の作戦によって、あの宝具も地中に封印してしまったので、もうおかしな輩に破壊されてしまう事もないだろう。
それを知らない山賊は、随分と慌てた様子で右往左往している。
まあ、知らないのも無理はないか。そもそも街の伝承では、あの魔導具が封印具であるとすら語られていなかったのだから。
「ヤバくないんすかそれ!?」
「別にヤバくないよ。千年の実績があるからね」
「説明は面倒じゃからせんが、ともかく落ち着けい」
「わぁあ! 適当っ!」
いや、そもそもこの街が温泉街である事から関わっている。
火山地帯でもないこの場所で温水が湧く理由は、実はあの竜にあったのだ。
あの竜を封印している事によって、この地は局所的に地熱が高い。そこに偶然水源があったため、それが温泉として湧き出ていたのだ。
もしも、仮に、そんな事が可能だとして、あの竜を殺してしまう事などできなかった。
それをすれば、この地の温泉は全てなくなってしまうからだ。温泉も宝具もなくなった後、この観光地がどのような末路を辿るかは想像に難くない。
それはすなわち、竜に滅ぼされてしまうのと変わりのない事なのだから。
「そんな事より」
「そんな事で済ませるんすか!?」
「……そんな事より、師匠。僕、どれくらい眠っていたんでしょうか?」
「半年」
「は!?」
「嘘じゃ。丸三日いったところじゃの」
「え、何で嘘ついたの……?」
どうでもいいが、思ったよりも長く寝ていたらしい。
外が明るいのでおかしいと思ったんだ。竜と戦ったのは夜だった。
「とりあえずぬしは飯を食え。傷は治っても、腹を満たす事は起きておらんとできん」
「あ、じゃあ俺持ってくるっす。簡単なのでよかったらすぐにでも」
「……いや、後にしよう」
二人の目が、僕を不思議そうに見つめる。
「思ったよりも眠りすぎちゃったみたいなので、先を行きたいです。ご飯なら道中で食べますよ」
「いや、しかし療養は必要じゃぞ」
「そうっすよ、やめておいた方が……」
師匠が心配そうな声を出す。
それもそうだろう。僕の体は間違いなく、師匠の言う通り療養が必要だ。自分の体なのだから、そんな事はわかっている。
しかし、それでも先を急ぎたいと思った。
多少は余裕があった予定が、ほんの少しだけ押しているのだ。
「まだ平気ですけど、僕には予定がありますから。師匠もわかってるでしょう?」
「そう言うのなら、私は止めはせん。せめて温泉にでも入ればいいとは思うがの」
「ここの温泉は熱いからいいよ」
「いや、今はちょうどいい温度じゃぞ。温度が高かったのは、宝具を正しい位置から動かしたせいで竜の力が強まったからだったんじゃよ」
「え、やっぱり入ってく」
それを早く言ってよ。
やっぱ療養は大切だよな。




