応戦忍者 其の六
竜の足止めは、先ほどまでと比べれば遥かに容易い。
師匠の助力があるからだ。
当然、それがつまり容易であるという事にはならないが、しかし比較した時により生き残りやすいのは間違いなく今であると言える。
驚くべくは、師匠の実力だ。
もちろん、それが生半であるなどと思っていたわけではないものの、しかし僕の想像を遥かに超えてなおその力は甚大である。
ユグドラル・トレントを討伐した事など、まして山賊を壊滅させた事など、師匠の真なる力を思えば赤子の手を捻った程度でしかない。
まず、師匠はただ竜の懐に立っているわけではない。
繊細な魔法制御を要求される作業を行なっており、その上で見つからぬようにと魔力も散らしている。
当然、散らした分よりも明らかに強力な力を使えば竜に察知されてしまうため、そこも気を付けなくてはならない。
眼前に竜を見据えてこれだけの事を行うのは、想像を絶するプレッシャーだろう。
そして、その上で、師匠は僕への助けもしているのだ。
僕は今、竜の気を引いたり逆に隠れたりと撹乱をしているところだが、師匠はこれを助けるために幻術を使っているのだ。
また、居場所が竜にバレぬ程度に攻撃を加える事によって動きまで阻害している。
そもそも遠隔で炎を発生させる事すらままならない僕には考えられない技術だ。およそ、一個人が有して良い力を超えているとすら言える。
これほどの数、これほどの精密、これほどの力の並行運用。
千年を超える研鑽がなせる技なのだとしたら、この世にこれほどの担い手は二人と存在しない。
しかし、それでいてなお、竜を討伐するには至らないのだ。
現在、並び立つ者がいない師匠ですら、かつて、無類の存在であった勇者ですら、この竜は滅ぼせなかった。
千年の封印を経て、その実力はなおも健在。
ならば、きっと、未来永劫この竜は無敵だ。
であれば、今の行為は無意味ではないのか。
いたずらに竜の怒りを買い、この世を危険に晒しているのか。
——否。
手はある。充分な勝機を持つ手立てが。
これは、決して討ち滅ぼすような完全解決の手立てではないものの、それ以上にこの街にとって望ましい事のはずだ。
何よりも、再建の見込みがあるのは何よりも幸福だろう。
失われた命を取り戻す術などあるはずもないが、しかしそれ以外ならば取って戻せるかもしれないのだから。
「マグナドラゴォ!!」
師匠が叫ぶ。準備が整った合図だ。
竜はようやく師匠の存在に気が付き、咄嗟にそちらへと顔を向ける。
この一瞬が僕の仕事であり、この作戦の最大の山だ。
【魔法:ランドクエイク】
飛び回り、跳ね回り、わずかな隙を探しながら仕掛けた魔法をようやく起動する。
これ以上師匠の合図が遅かったなら、どれか一個は仕掛けを維持できなかったかもしれない。
竜の四つ足すべての地面が、轟音を立てて沈下した。
その巨体が僕の魔法で沈む様は中々爽快だが、今はその光景を楽しむだけの余裕がない。
果たして、上手くいくだろうか。
師匠が講じた策は、充分な効果を見込めるものだ。
しかし、それでいて心配が拭えるかと言われればそうではない。どれほど確実が保証されていても、人間の心根はそう単純ではないのだから。
ただ、信用してはいる。
師匠ならば必ずやり遂げてくれるだろうと。心配してはいるものの、同時に信頼もしているのだから。
何よりも、この方法は前例を持つものだ。
かつて試され、確かに効力を発揮したもの。
つまり、かつて勇者が執り行ったものと全くの同一である。
師匠の手には、すでに修繕された宝具。
それをかざし、密かに練り上げていた魔法式を解放する。
「眠るが良いわ、トカゲめが!」
【魔法:封印式羽々封】
その煌めく宝具が倒れる竜の鼻先に触れた時、あたりの炎が渦巻いた。
いや、炎だけではない。その主人である竜ですら、あたかも流動するかのように像を歪ませているのだ。
そして、瞬く間に大地へと沈んでいく。
あたかも、この地上が竜と炎を平らげてしまったかのように。
後に残ったのは、焼け落ちた街と地面の焦げ跡。
そして、街外れに避難した生き残りだけだ。
「万事解決とはいかんが、ひとまずは落着じゃな」
師匠がそう言って笑顔を向ける。
「そう、ですね……っ」
その笑顔があまりにも優しくて、僕はそのまま気絶してしまった。




