応戦忍者 其の四
「クッソ! なんだよコイツ!?」
竜との死闘。
初めのうちは上手く翻弄していたが、すぐに自力の差が顕著になった。
いや、そもそもこれは闘いなどと呼べる代物ではない。僕がただ、あの手この手で竜の進行を遅らせようと必死こいているだけなのだから。
竜はというと、常に余裕だ。
それもそうだろう。膝を折らせても、足をすくっても、コイツにとって何一つ痛手などないのだから。
その強靭かつ頑強な鱗の前に僕の攻撃など無意味であり、その強固かつ柔軟な筋肉はあらゆる衝撃をものともしない。
およそ、人類が相手をするような存在ではない。
それに加えて、どうやら持久力も並大抵ではないらしい。
小山ほどにもなる巨体を見た目からは想像もできないくらい俊敏に動き、そして近付いてはその全身が視界に収まらないほどの巨躯からは思いもよらないほど鋭敏な感覚を持っている。
まさか、捕捉されつつあるとは。
初めのうちは困惑を見せていたようだが、それもなりを潜めた。
音なのか、振動なのか、はたまた他の感覚器官か、定かではないが確実に、僕は捕捉されつつある。
当然、まだ見えない事は充分な働きを見せている。このスキルがなかったなら、僕は正確無比な尻尾の一撃でたちまち黒焦げとなっていただろう。
しかしそれでいて、僕はまだ生きている。
これは紛れもない事実だ。
竜の身体能力を思えば、僕がどれほど必死になったところでほんの数秒も逃げられないだろう。しかし、僕は今ギリギリとはいえ生き残っている。
これはつまり、竜は未だに僕の正確な位置を掴みあぐねているという事に他ならない。
いける。
そう感じた。
僕の眼前の地面が抉られた。竜の脚が振り下ろされたのだ。
しかしそれも、やはり僕には当たらない。
ただ、捕捉されつつある事もまた事実だ。完全ではないといっても、立ち止まってはすぐさま燃やされてしまう事だろう。
なので、僕は今までの人生からは考えられないほど必死で動き回る必要があった。
貴族であった時代には多くの教育を施されたものだが、それをこなすよりも遥かに必死だ。なにせ、命が懸かっている。
ほんの数瞬すら立ち止まる事ができずに、竜の体を回り込むように移動する。
既に、一時間以上も続いている。
肉体はこの極限に悲鳴を上げているが、精神で辛うじて繋いでいる。
僕の人生の中でも経験した事のない集中状態だ。
そして、その集中が巧妙を見せた。
今まで一部の隙もなかった竜の動きが、わずかに淀んだのだ。
僕が疲れているように、やはり竜も同じように疲れているのだ。それを感じると、自分が闘っているのは生物なのだと実感する。つまり、殺せる存在なのだと。
この好機を逃す僕ではない。この一瞬を逃せば、次の瞬間には再び猛攻が待っているのだ。
この場で一撃入れて、ほんの一瞬でも長く竜の動きを止めるのだ。
逃してなるものかと、魔力を練り上げる。
ーーその好機が幻想であると気付かないまま。
「な、に……っ?」
思わず声が出る。
それもそうだろう。竜の首がぐるりとこちらを向いたのだから。
魔力だ。竜は、魔力を感知していたのだ。
なので魔法を使う瞬間に、僕の位置がハッキリと捕捉された。
竜の口内に、光が見える。
明らかに高熱を孕んだ、揺らめいている光だ。
まず間違いなく僕の命を奪うようなそれは、しかし竜にとっては大した事のない行動に他ならない。
竜の息吹と、そう呼ばれている。
まるで蝋燭を吹き消すかのように優しい吐息が、強大な存在をもってすれば必殺の一撃となる。
死の直前、人間の思考が早まるというのは本当らしい。
走馬灯というものは見えていないが、竜が息を吐く瞬間に様々な思考が脳裏をめぐる。
しかし何より、師匠の事が気がかりだ。
師匠はうまくやっているだろうか?
師匠は僕が死んだら悲しむだろうか?
僕が稼いだ時間は充分だろうか?
僕が竜に勝てない事など初めから分かっていたが、しかし勝算が全くなかったわけではない。
僕と師匠の二人ならば、充分やりようはあるのだ。
僕は、果たしてその役割を真っ当できただろうか。
竜の口から、ようやく青白い炎が放たれる。
僕がどれほど走っても決して逃げられない速度と範囲を持つ攻撃は、通り過ぎたあらゆる物体を焼失させていく。
死んだ。覚悟もなく。
僕は命を懸けてはいても、命を失わせるつもりなど毛頭なかったのだ。
「ーー良うやったアラン!」
僕は、生き残った。
竜を目の前にして、この命を拾った。
竜の息吹は、僕の体まで届かない。
そればかりか、辺りを包み込んでいた熱気まで和らいだように感じる。
「……師匠」
「そう泣きそうな顔をするな。ここから詰めるぞ」




