本領忍者 其の五
無類無双といわれれば、この世界でそれを夢見ない男児は存在しない。
死闘とは程遠い貴族であろうとも、戦闘を野蛮だと蔑む大商人であろうとも、暴力は許されないと教える信徒であろうとも、皆幼少の時分には必ず憧れていたはずなのだ。
親から、友から、知り合いから、親族から、長老から、村長から、旅商人から、吟遊詩人から、勇者の英雄譚を聞いて。
かくいう僕も、その一例に漏れない幼少期を過ごした。
父上から与えられた木剣を持たない日はなかったし、それを払うたびに強くなっている気がした。
だから、将来は騎士になると疑わなかったのだ。
父上も、僕も。
つまりあの時、落胆したのは父上だけではない。
僕もまた、自らの職業に驚き、落ち込み、涙した。
夢に見るまでもないと思っていた騎士にはならず、そればかりか聞いた事もない職業になってしまった自分が恥ずかしかった。
当然、今はそんな事を思ってはいない。
騎士になるなど下らぬ夢だと、キッパリ諦めてしまった。
僕には合わなかったのだ。それは、僕が役者不足であるという意味ではなく、単純に性格上の問題として。
僕が憧れた英雄の姿と、規則を重んじる騎士の姿とは程遠い。仕方のない事なのだと、素直に納得できる。
まあ、僕の憧れた英雄の姿の話をするならば、そもそも当代の勇者ですら程遠いのだが。
とりあえず僕には夢があったのだ。
騎士になる事が潰えてなおこの心に輝く夢。
一騎当千、究極無比、地上最強、常勝無敗、そして無類無双。
残念ながら未だにこの手には大きすぎる夢ではあるものの、僕は確実に強くなっている。
少なくとも、三人の冒険者を相手取った上で、あたかも僅かに負けているかのような演技を交えながら逃亡するだけの実力は既にあるのだ。
「危ねっ……!」
「チッ! 外した!」
わざとだ。
わざと、相手の攻撃をかするように避けた。
焦ったような声も演技であり、相手はそれに気が付いていない。
……師匠に踏まれた足が痛いのは本当だけど。
僕の懐を抉るギリギリで避けた斬撃は、代わりに該当を深く裂いた。
そこからこぼれ落ちるのはやはり宝具であり、僕はそれを取り落とす事によって役割を終える。
「逃すか!」
「いや、逃げさせてもらう」
【忍法:暗狩焔】
炎を身に纏うようにして、僕の姿はその場から消えた。
少なくとも、冒険者たちにはそう見えたはずだ。もう二度と、僕が彼らの前に姿を現す事はない。
「下がれ! 魔術師だ!」
「くっ! でも逃げられちまう!」
炎を前にして、怯まない人間は稀だ。
生物の本能として、激しい熱を放つそれを恐れてしまうのだから。
僕が消えた後に残る炎の幕は、彼らの足止めに大きな効力を発揮する。僕を探す事が無意味であると理解させるのに、これほど有効な手もない。
「クソ! 逃げられた!」
いや、実は逃げてないけど。
近くにいるけど。まあ、見えないから関係ないよね。
「仕方ない。少なくとも、この子が守れたのなら御の字だろう」
「確かに、あんな小物相手に犠牲を出したとあっちゃ名折れだ」
好き勝手言ってくれる。
「流石にあんなの相手に子供を助けられないわけないだろ」
「違えねぇや」
ホント好き勝手言ってくれる!
いや言い過ぎだろ!
……それに今気付いたけど、コイツら僕が落とした宝具気付いてなくね?
めっちゃ大切な宝具、今吹きっさらしですけどいいんですか?
ダメだ、コイツら帰りよる。
薄々感づいてたけどアホだなお前ら。
「そ、それは何かしら!」
師匠ナイス!
「こ、これは!?」
「何故これがここに!?」
ようやくだ、ようやくだ。
あんまりふざけてるレベルのアホだったから心配してしまった。
師匠のファインプレーでなんとか作戦成功だ。
この後は、概ね想定した通りになった。
いや、想定した通り過ぎてちょっとビックリしたが、とりあえずは問題なく進行した。
……ただ、師匠の口調ちょっと面白い。
のじゃ、とか付けないと違和感ぱないな。
安堵。師匠の口調にウケる程度に心に余裕ができた僕は、ようやく肩の力を抜いた。
ただ、後から考えれば、この時緊張を解くべきではなかった。
彼らから目を離さずに、後ろについて行き、宝具を戻すところまで見ているべきだった。




