本領忍者 其の三
もう木の葉は必要ない。
そんな物なくとも、僕は彼らから逃げ出す事ができる。
しかし、今すぐにとはいかない。
彼らを最大限に引きつけ、あたかも紙一重であったかのように演出する必要がある。
ただ逃げ出すよりもはるかに難しい。しかし、これはこの作戦に必須なのだ。
決して、できないような事ではないと思っている。
これが、どちらにとっても負けられない真剣勝負だというのなら手を抜く事などできないが、今はそうではない。
僕が行った事といえば、精々彼らとは何のゆかりもない綺麗なだけの石っころを壊した程度だ。実際にはそれは正しくないが、少なくとも彼らはその程度の認識のはずである。
たんなる迷惑行為。その程度で、命のやり取りになど発展するはずもない。
相手も本気にはならない。
ならば、充分僕の狙いは現実的だろう。
「待てやゴラァ!! ぶっ殺してやる!!」
「俺の剣の錆になりてぇようだな!!」
「引っ込んでろ! 奴を殺すのは俺だ!」
……本気じゃね?
あれぇ? あいつら余裕で僕殺すつもりじゃね?
「な、何も殺す事ないだろ!?」
「うるせぇ!! 俺たちのメンツにかけてテメエはここで殺す!!」
メンツ!
聞き慣れた言葉だ。貴族はいつもそういう事言ってたから。
なんだ、冒険者は貴族嫌いって聞いてたけど、割と気が合うんじゃあないか?
いやしかし困った。
本当なら、彼らを振り切る際に宝具を取り落とす予定だったのだ。
相手の攻撃を受けたとか、そんな風を装って宝具をこの場に残す。
そうすれば、彼らはどう思うだろう?
おそらくは「僕はすでに宝具を盗んでいたが、その隠蔽をするために偽物の宝具を破壊した」ように思うはずなのだ。本当ならもっと木像に近付いたりと怪しげな行動を取っておきたかったのだが、まあそこは仕方なしと諦めた。
そこまでくれば、あとは簡単だ。
彼らが勝手に僕の落とした宝具を持ち帰ってくれる。
しかし今の状況となると、それは簡単とは言えなくなってしまう。
圧倒的に勝利しているのに宝具だけ落としていなくなるのはあまりにも不自然だし、手も足も出ないのならそもそも逃げる事が困難。
この攻防は、いい塩梅で負けなければならない。
「たんなる迷惑行為でマジになりすぎだろ!!」
「やってる本人が言うんじゃねぇよ!」
確かに。
こりゃ説得するのは無理そうだ。
果たしてどうするべきか。
イチかバチかにでる事は、できれば避けたい。
しかし、それ以外何も思い浮かばないとなれば、それも仕方ないのかもしれない。
正直、充分に勝算はあると思っている。
悪くて六分。どちらかと言われれば、僕の方に分がある賭けだ。
ただ、それが安心できる要素でない事もまた確かなのだ。
もしも、これが数千回の勝負が行われ、その中で勝ち越す事が目的であれば安心できる。膨大な試行回数による確率の集約によって、多くの場合は全体の六割は僕の勝利になると予想されるからだ。
しかし、これはこの一回のみの勝負。
四割もの確率で取り返しのつかない状況となるとなれば、それは決して無視できるものではない。
どうしたものかと手をこまねいて、怒り狂う冒険者たちとの追いかけっこをいたずらに引き伸ばす。
しかし、それも永遠に続けられる事ではない。夜は長くとも、明けないものではないのだから。
「テメエ! いつまで逃げてるつもりだ!」
「…………」
正直その気持ちわかる。
振り切るでもなく、ずっと同じ距離を保ちながら走ってるの不自然だもんな。
なんなんだコイツはって思うよな。
でもゴメンな。これ必要な事だからさ。分かんないだろうし、説明する気もないけど。
どうしたものか。思考の袋小路。
このままでは結局取り返しのつかない事になってしまうというのに、それでいて決断ができないでいる。
僕が失敗すれば街が滅びるという事実がプレッシャーとなり、最後の一歩を踏み出す事ができない。
弱気になってしまう。
僕がしくじれば街は滅ぶが、このまま逃げ切れば僕たちが捕まる程度で済むのだ。その方が遥かにマシに思える。僕は今、ビビっている。
まさか自分が、こんな土壇場になって日和るような人間だとは思っていなかった。覚悟は決めたつもりだったし、成し遂げる自信もあるつもりだった。
僕は、こんな人間だったろうか?
父上への仕返しを決めた時。
師匠に弟子入りした時。
兵士たちを倒した時。
果たしてこんな精神性の男だったろうか?
そもそも、カログラット大森林でレオブラッドに襲われた時ですら、決断ができていたはずだ。
打ちのめされてなお、悲しんでいてなお、絶望してなお、僕は使った事もないスキルに賭けて危機を脱しようとした。
あの時のように……そう、あの瞬間と同じように、僕は決断すれば良いのだ。
そう思うと、恐怖は消えた。
今ならば、立ち向かえる。
僕は立ち止まり、振り向き、覚悟を決めた。今度こそ本当に、僕は自らの役割を全うする。
ほんの少しの予想外で挫けてしまう覚悟など、初めから偽りだったのだ。
「さあ! 逃げるのはお終、い……?」
しかし、僕の気分が高まっている時は、決まって状況と噛み合わない。
振り向いて迎え撃とうとした冒険者の面々は、その視線を僕の後方へと流していたのだ。
一体なんだというのか。
戦闘中に相手から目を離すなど言語道断である事は百も承知であるはずなのに、百戦錬磨だろう彼らは僕を真っ直ぐとは見ていない。
僕もまた彼らから目を離すべきではなかったが、好奇心に負けてしまって後ろを振り返ってみる。
本来ならば愚かな好意。しかし、それはこの場に限れば最善であったと言える。
そこに立つ人物を見て、僕はようやく光明を見出した。
「……!」
師匠が、そこにいたのだ。




