観光忍者
「もうしばらく温泉はいらん」
朝一番、師匠の言葉は随分と極端なものだった。
理由は言わなくても分かるが。
「私にはぬるま湯があっておるわ。人肌よりもやや低い温度で長く入る」
「年寄りらしい入浴ですね」
「なんじゃと貴様」
「ごめんなさい」
実際、昨日のお風呂は随分と熱かった。僕ももう少し入っていたら、師匠と同じようにのぼせていたかもしれない。
しばらくぬるま湯風呂に入っていた弊害だろうか。
元々は熱めのお風呂が好きなんだけれど。
「そんな事より、街が見たいの。昨日は見て回れんかった」
「そうですね。どちらにせよ、脚を用意しないと王都まで行けないわけですし」
そんなわけで、僕と師匠は街へと繰り出す。
なるほど観光地だけあって様々な物が目を引く。師匠は懐の金勘定を済ませると、あれこれ目を移してはしゃいでいた。
まるで子供だ、見た目の通り。
「アラン、あれは何という食べ物じゃ?」
師匠が露店の一つを指差す。
そこには、『竜の卵』と書いてあった。
「普通の温泉卵ですよ。この街の竜伝説になぞらえて、あのように呼ばれているんです」
「ほほう、竜伝説とな?」
別に珍しいものじゃあない。
ただ単に、この場所を根城にしていた竜を勇者が倒し、竜のかわりに人が住むようになったという話だ。
「まあ、勇者伝説の一つですよ。どこにでもありがちな御伽話です」
「ほぅ、勇者が……」
何が面白いのか、師匠は卵をじっと見つめる。
「これ、頂こうかの。アラン、ぬしはいるか?」
「ああ、じゃあご馳走になります」
ご馳走になるといっても、師匠の懐には強奪したお金しかないが。
「まいどあり!」
元気な髭面のおじさんが、不似合いな笑顔で僕らをむかえる。
師匠はフードを被って耳が隠れているので、もしかしたら兄弟に思われたかもしれない。子供二人で、お使いか何かかと。
「……あ」
「どうしました? 師匠」
何やら不穏な声。
いやしかし、お金がないわけでもない。師匠の手元には巾着が握られているし、その中身は確かにたんまりあるようだ。
……もしかして。
「アラン、ぬしが払っておけ。私は他にも見て回りたいでの」
「あ、はぁい。そうしましょう」
店主のおじさんが怪訝な顔をする。確かに少し不自然だった。
いや、しかし仕方あるまい。
師匠が払うわけにはいかなかったのだから。
なにせ、師匠は今の時代のお金を知らないのだ。
巾着を開いてからようやくその事に気が付き、僕にパスする事で難を逃れた。
僕だって元貴族なので露店での買い物なんて慣れているわけがないが、少なくとも師匠よりはマシだろう。
不慣れながら買い物を済ませた僕は、隣の店をジッと見つめている師匠を発見した。
恐らく、金勘定を見て覚えようとしている。
「師匠、終わりましたよ」
「おぉう!? 早いな! ご苦労じゃったぞ!」
この様子だと、まだお金の扱いはわかってなさそうだ。
「師匠、お財布は僕が持っててもいいですか?」
「ん? おぉう、かまわんぞ! 私も両手が塞がって面倒じゃと思ったったのじゃ!」
その後、全ての買い物は師匠のガン見の元で行われた。
師匠が欲しい物も僕が欲しい物も全て僕がお金を出し、師匠はその様子をじっと見つめる。
正直めっちゃやりづらい。
「アラン、あれは何じゃ?」
時折そんな風に聞かれるので、分かる事であれば答えてやる。
なんか子守をしている気分だ。
「あー、あれは倒竜堂ですね。例の竜伝説に関わる建物ですよ。どうやらあの場所で竜が倒されたらしくて、勇者の残した宝具を祀っているのだとか」
「宝具……? 勇者は随分と気前が良いのう」
「違いない」
露天の中には、宝具のレプリカを扱う店もある。観光客向けのお土産としてそこそこ人気らしい。
勇者はその宝具を残した際に、この土地が豊かになる、と言い残したらしい。
事実、この場所では温泉が湧き、多くの観光客を迎えるまでになっている。
当時の勇者のお陰で僕たちはこの街に来れたというのなら、会った事もないのに感謝したくなるな。
当代の勇者には絶対に頭なんか下げないけど。
「折角じゃ、行ってみよう。どんな宝物か俄然興味が出てきおったわ」
「師匠、なかなかの野次馬根性ですね。まあ、気持ちはわかります」
そんなわけで、露店周りの後は勇者の宝具を見に行った。
なかなか平和な一日だ。
倒竜堂は、露店を遥かに上回る人集りだった。
伝説を一目見ようと考えるのは僕たちだけではないという事だ。
「なかなか近付けませんねこれは」
「なあに、人の興味も永遠には続かん。気長に人の流れを待てば良いのじゃ」
「一日がかりになりそうですが」
「たった一日じゃろう?」
……まあ、師匠にとっては一日くらい大した時間じゃあないか。
人の流れは、僕が思っていたほど遅くはなかった。
何時間もかかりはしたが、日が高いうちに堂内へと入る事ができる。
中は、若干薄暗さを感じるお堂だ。その中央に勇者と竜の木像がある事以外は、ほとんどがらんどうに見えた。もちろん、見物客が多くいるのであまり広さは感じないが。
件の宝具は、勇者の木像が手に持っていた。地面に横たわる竜の頭を足蹴にして、雄々しく天に掲げている。
「あの像は勇者が大きいんですかね、竜が小さいんですかね?」
二つの像の大きさ比が気になってしまって師匠に話しかけるが、師匠は返事をしなかった。
「師匠……?」
「…………」
師匠は、像の事をジッと見つめている。
そんなに面白い物だろうか。師匠がそれほど歴史に対して熱心だとは知らなかった。
そんな事を考えていたが、それはあまりに能天気だった。
我ながら、そうとしか思えない。
「アラン、よく聞け」
「……なんです?」
声を落とす師匠につられて、僕も小さな声で返す。
腰を落として背の高さを合わせると、師匠は誰にも聞こえないように耳打ちした。
「……あそこにあるのは単なるガラス玉じゃ。宝具などではない」




