温泉忍者
水を作るのも、それを温めるのも、魔法を使えば難しくはない。
得意魔法が炎である僕でもできる程度の事だし、師匠なら湖一個分を全て温水にして生態系を破壊する事すら可能だろう。
しかし、そんな僕たちでも温泉は非常に魅力的だった。
というのも、実は魔法によって水の温度を一定に保つのはとても難しいのだ。
流石に熱湯で体を流すわけにもいかず、僕らは極力魔法の火力を抑えてぬるいお湯を使っていたのだ。
「久方振りの風呂じゃ! 水でない風呂じゃ! 偶然たどり着いた街が温泉街とは、なかなか気が利いとるではないかあのクズ虫!」
「特にここの温泉はクリスティアでも一番と評判ですよ」
「ではその一番、早速楽しもうではないか! 金ならたんまりある!」
「山賊から山賊して手に入れた金じゃねぇか!」
「金は金じゃて。千年経っても変わらんじゃろう」
この千歳俗っぽいぞ!
普通歳を取るともっと達観するものじゃあないのか!?
師匠がやたらと急かすものだから、僕は急いで手近で手頃な宿を取った。
あまり大きな施設ではないようだが、それでも騒がしくなくて僕は好きだ。
「お部屋へご案内しますね!」
「あ、はい、お願いします」
やたらと元気のいい娘さんが案内してくれる。声が大きく、それが不快にならない快活とした少女だ。
まあ、少女といっても僕とそう変わらないだろうが。
なんとなく、自分と同じくらいの歳の人を子供だと感じるようになった。
多分師匠のせいだ。
師匠ったら見た目はちんちくりんなのに、やたらと老害感あるからな。
「何か言いたそうじゃなアラン」
「い、言いたいって何がぁ!? よく分からないですぅ??」
「顔に出ておるわ間抜け」
クッソ、勝てねぇ……
通された部屋はあまり広くないが、どうやら師匠は満足なようだ。まあ、どんな部屋でも腹の中よりはマシと考えているのかもしれない。
なによりも、この部屋はお風呂完備だ。露天の大浴場もあるが、一人で気楽に使える備え付けも悪くない。どちらにしろ使っているお湯は温泉なのだし。
「なんなら一緒に入るか? おさわりは厳禁じゃぞ?」
「一丁前に色気付いてんなよロリババア。僕はペドじゃねぇ」
師匠を風呂に放り投げ(ちっこいからとても投げやすい)、僕は窓から外を眺めた。そろそろ日が暮れる時間だ。空が赤らんで、とても美しい。
太陽の手前に見える人達が、次第に影となっていく。「誰ぞ彼」の意味を噛みしめたところで、師匠がお風呂から上がってきた。
「早いですね」
「もったいなく思えての」
師匠は魔法によって髪の水分を取ると、窓から外に霧散させた。
「少しでも長く、この景色を見ていたいと思うたのじゃ」
何やらノスタルジーな雰囲気を漂わせ、師匠は窓の外を眺める。
そこから見えるのは、夕焼けと喧騒。僕がつい今まで見ていた通りの、ありふれた光景だ。
千年。
師匠はそれほどの時間を、森の中で生きてきた。
エルフの寿命がどれくらいかは知らないが、少なくとも永遠でない事くらいは分かる。
その永遠でない時間の中で、師匠が目撃できる世界とはどの程度のものなのだろうか。
「ここでこの景色を見ている間に、世界の裏側では歴史に残る大発明がされているやもしれん。世界の裏側を見ている間に、この街では歴史に残る偉人が生まれているやもしれん。そう思うと、あれほど楽しみにしていた温泉も、どうも落ち着かなくての」
「なるほど……で、ホントの理由は?」
「久々の熱い風呂にのぼせた」
「子ども体温はのぼせやすいもんね。ほら、窓辺で風にあたって」
「すまぬのう……」
師匠を涼しい場所に寝かしつけ、僕も汗を流すとしよう。
顔を真っ赤にして寝転がる師匠は、天井のシミでも数えているらしく大人しかった。
年寄りなんだからいつもこのくらい落ち着いていてくれればいいのだが。
「…………」
……顔に出ておるぞ間抜け、が来ない。
相当参ってしまったようだ。




