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脱出忍者 其の一

「やりおったのう」


「はい! これも全て師匠のおかげです!」



 一日がかりではあったものの、確認できただけの兵士を全て倒した。どうやら全員が無事に森から出る事ができたらしいが、夜が明けた頃にはもう野営地のテントは見当たらなかった。

 ハミルトン家が誇る精鋭を、一対多数で完全に無力化した。これは、僕の人生でも他に類を見ない偉業だった。



「私は関係がないのう。ぬしの努力じゃよ」


「でも、師匠がいなかったら魔法を使えるようになる事もありませんでした!」


「いやいや。ぬしの魔法は私の教えを越えておろう」



 師匠は、遠くを見つめるような視線を向ける。

 一体どうしたのだろうか。



「主はもう私がおらんでも問題なかろう。そもそも魔法とは、己の身で研鑽するものなのだからな。私もそうしてきたし、私に魔法を教えてくれた者もそうしていた」


「……そ、それはつまり」



 なんとなく、師匠の言う事が理解できた。

 いやしかし、まだ一週間程度の付き合いだ。たかだかその程度で免許皆伝なんて言われても、僕は途方に暮れてしまう。



「旅立ちは早い方が良い。人間の一生など瞬く間じゃろうて」


「な、なんで急にそんな話を……」


「気がついておらぬと思ったのか? ぬしの意識がこの森よりよりも遥か彼方に向いておる事くらい分かっておるわ」


「…………」



 気が付いていたのか。

 僕の目的は、実の父親にこそある。僕を捨てた父上を見返す事に人生をかける覚悟をして、今回の件でその自信をつけていた。


 しかし、人生をかけると考えていた通りに、それは何年も先の事になるだろうと思っていた。

 まして、この森に来て一ヶ月も経たないうちに行動しようなどとは考えてもみない。



「ぬしは行くべきじゃ。私はついていく事ができんが、ぬしならば必ず大成しようと確信しておる」


「あ、の……一つ聞いて良いでしょうか?」


「……そうじゃな。これで最後なのじゃから、聞きたい事もあろう」



 最後。その言葉が、酷く寂しかった。

 父上に追放をされた時ですら、こんな気分にならなかったというのに。



「師匠は、なぜこの森にいるんでしょうか?」



 実は、ずっと気になっていた。

 千年も生きている師匠だが、どうやら千年間ずっとこの森にいるらしい。危険な魔物が多く暮らし、人も寄り付かないこんな場所にだ。


 初めて会った時の事を思うに、人間嫌いというわけではない。そんな相手が、話し相手になってくれなどというはずもないからだ。むしろ、僕に対する面倒見の良さを思えばかなり人当たりの良い性格をしている。


 だから、疑問だった。僕の事を聞くばかりの師匠の事を、今度は僕の方が知りたいと思った。



「そうか、ぬしには言っておらんかったのう」



 師匠は目を伏せる。



「詳しく話せんが……この森には結界が張られておっての。私はここを出る事ができんのじゃ」


「結界……?」



 師匠の話で、その言葉は聞いた事があった。

 初めの日に、やたらと専門的な事ばかり言っていたあの時だ。



「確か、一定範囲内に効果を及ぼす魔法の事をそう呼ぶと……」


「そうじゃの、その“結界”で合っとる。で、この森全体には、私を外に出さんような結界が張られておるんじゃ」


「森の全体……!?」


「ぬしは、この森全体にかかる認識阻害魔法を私が使っておると思っておるな?」


「ち、違うんですか?」


「違う。確かに私は不埒者を嫌い、家に幻術魔法をかけておる。しかし、森には何も細工をしておらん。初めから、そんな必要がないからじゃ」


「……つまり、それが結界の効力ですか?」



 師匠は、ゆっくり深くうなづいた。


 その話はつまり、師匠はこの森の中に閉じ込められているという事だ。

 師匠は一生をこの森の中で過ごし。誰に知られる事もなく死んでいく。


 そんな事、あんまりだと感じた。


 そして、その話に思うところがある。



「師匠、一つと言いましたが、まだもう少しいいでしょうか?」


「欲張るの。まあ、構わんが」



 師匠が怪訝そうな顔をする。


 いや、これは聞いておかなくてはならないのだ。僕が思った通りならば、師匠は簡単に今の状況を脱する。



「僕は、この森から生きて帰れないという噂を聞きました。その噂は、この森にかかる魔法が原因ですね?」


(しか)り。私を出さぬようにしようという認識阻害の結界が、無関係の人間を幾人も巻き込んでしまった結果じゃろう」


「だったら、なぜ僕は森の外に出られるのでしょうか?」



 これが一番の疑問だ。この答えがわかるのなら、師匠も森を出られるかもしれない。



「それはおそらく、ぬしのスキルによるものじゃろう。姿を隠すそのスキルが、もしかしたら魔法の認識を掻い潜ったのやもしれぬ。本当ならそんな事にはならぬのだが、森を覆うほどの大結界ともなれば精度も落ちるのじゃろうて」



 思った通りだ。

 僕の木の葉隠れの術ならば、この結界を越える事ができる。



「言っておくが、手を繋いで外に出ようなどとは考えるなよ? 流石にそれを許容するほど、この結界はやわではないわ」


「いや、違います」



 師匠の言葉を、僕は否定する。


 あるのだ、簡単な事が。師匠が外に出る方法が。

 これは僕だからできる事であり、なるほど誰にもできない事だった。


 感謝、しなければならないだろう。

 この職業(ジョブ)に。追放の原因であるニンジャという職業(ジョブ)に。



「大丈夫です、師匠。一緒にこの森を出ましょう」

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