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ユメタロウ 勇気の代償


森を歩いてどれくらい経っただろうか。

ユメタロウは絵の具の跡を追って、森の深くへ足を運んでいた。

普通に辿ればオークに遭遇すると考え、途中から木々に隠れつつ絵の具跡を追い始める。

やがて、遠くから女の子の声が響いてきた。


「助けて…助けて…」


探していた女の子、ユリーだ。声がするということは、今のところ命に別状はない。

ユメタロウは慎重に、なるべく音をたてずに、ユリーの声がする方へ向かっていった。


「ユリーちゃん!」


ユリーはすぐに見付かった。蔦で木に縛り付けられている。


「ユメタロウさん…!」


恐怖に強張っていたユリーの顔が、ユメタロウを視認した途端にパッと輝いた。

助けが来てくれた安堵感で、長い耳がフルフル震えている。


「待ってて、今助けてあげるからね!」


ユメタロウはユリーの方へ駆け寄った。

その時、彼は横から突き飛ばされた。


「うっ!」


強い力で吹っ飛ばされて、もんどり打って倒れこむ。

顔を上げると、下卑た笑顔の豚顔が並んでいた。


「ブヒブヒ、罠と思わなかったみたいだブ」

「情けねえ奴だブ。ブヒヒヒ」

「まっ、例え待ち伏せしなくても、俺達オークの鼻なら人間の臭いなんてすぐにわかるブ」


見付かった、いや、最初から尾行がバレていたと見るべきか。

ユリーをさらうときの行動から、奴らが嗅覚に優れることはわかっていたじゃないか。ユメタロウは自分の頭脳を呪った。


「ボコボコに痛め付けてやるブ。簡単に死ぬんじゃねえブヒ?」


このままではオークとの戦闘は避けられない。

だが、ここまで来た以上、諦めて帰るという選択肢はない。逃げることもできない。


「うぉあああっ!」


ユメタロウはオークの一匹に飛び掛かり、その腹に不格好な拳骨を叩き付けた。


「っ!ぐぁああ!」


しかしその直後、ユメタロウは片手を押さえてうずくまる。

オークの表皮の前に、ユメタロウの手の方が負けたのである。


「なんだそりゃー?パンチっていうのはな、こうするんだブヒ!」


殴られたオークが、ユメタロウの胴体に腕を叩き付けた。

吹っ飛ばされたユメタロウは、地面で二回バウンドし、地べたに寝転がる。

悶絶し、声にならない叫びをあげるユメタロウ。

その周囲を、オークがにやけながら囲い込んだ。


「人間っていうのは本当によわっちいブヒ」

「そんなんであのガキを助けに来たブヒ?バカな奴だブ」

「ブヒヒヒ!サンドバッグにもなりゃしねえブ!」


その言葉に返答する余裕もなく、ユメタロウはユリーの方を見た。


「必ず…助けるから…」


かすれそうな声で呼び掛け、痛む体を立ち上がらせる。

痛みに震える足に、オークが棍棒を振るった。


「うわぁああああっ!!」


ユメタロウの足は、本来とは真逆の曲がり方をした。

痛みに叫ぶユメタロウ。苦痛に顔が歪む。

無惨にへし折れた足ではもう立ち上がれない。

芋虫のように這いずり回る人間を見下ろし、オークは笑い続ける。

そのとき、森の木々を裂くような爆音が、その場の全員を揺らした。


「なんだ。騒がしいぞ」


それは声だった。恐ろしく大きく、おどろおどろしい響きの声だった。

木々の間の闇から抜け出て、それは姿を表す。

それは真っ赤で、筋骨粒々で、人間の何倍もの体躯を持っていた。

その顔面は恐ろしげで、ユメタロウは、元の世界で見た鬼瓦を連想した。


「す、すいませんブヒ、ゾガン様ぁ!」

「ゾガン様のお食事を邪魔する不届き者に制裁を加えていたのですブ!」

「ブヒブヒ!」


真っ先に反応したのはオークだった。彼らは、森の奥から現れた存在を知っていたのだ。

オークよりも遥かに大きく、オーク達が恐れるほどの存在。

オーク以上に恐るべき相手だ。もう、ユメタロウの運命は決した。

そして、ユリーの運命も。


「まぁいい、よくやったオーク共。一度は人間の子供を食ってみたいと思っていたのだ」


ユメタロウの目の前で、ユリーがひょいと摘ままれる。

そして、ゾガンと呼ばれた巨大な怪物は、ユリーを自らの顔の前に近付ける。


「やだぁあああああ!やだぁあああああ!」

「ぐははは。活きがいいな」


間違いない、食べる気だ。

口の中に放り込み、丸呑みにして、ボリボリと咀嚼し、嚥下するつもりだ。

何の罪もない、あんなに小さな女の子を。


「やめろぉ!」

「お前も運がなかったブヒ」

「ゾガン様はオーガなんだブ。俺らオークが五人いても敵わないんだブ」

「大人しく、諦めるがいいブヒ」


這いずりながら叫ぶユメタロウを、オーク達はゲラゲラと嗤う。

足を折られ、オークに囲まれ、もうユメタロウにはユリーを救う手だてはなかった。

だが、ユメタロウは諦めなかった。それは正義感からか、使命感からか、はたまた己の中の強迫観念のよるものか。

助けを求めるユリーに手を伸ばし、掴もうとした。


「力を」


その時だった。ユメタロウの頭の中で、声がした。


「貴方へ」


ユメタロウには聞き覚えがあった。それは、女神を名乗る女によって与えられた彼の力だった。

大地の声が、今、ユメタロウに語りかけている。


「救うための力を」


今までは、不鮮明で、内容も要領を得なかった。だが今回は違う。

大地が、山が、土が、ユメタロウにあることを伝えようとしている。


「守るための力を」


ユメタロウの寝そべる地面から、眩い光が現れる。

それはユメタロウを飲み込み、その場の全員の目を焼いた。


「なんだこれは、何事だ」

「こりゃ一体…!?」

「眩しいブヒ~!」

「何が起きてるんだブ!」


困惑する怪物達。その中で、ユリーだけは呑気に呟いた。


「きれー…」


光に飲まれ、痛みをこらえ、ユメタロウは声に耳を傾けた。

彼に語りかける、大地そのものの意思を読み解くために。


「貴方へ、与える」


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