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ユカ 恐怖する人々

ユメタロウは、台所の窓から外の様子を伺う。

家の外には、豚の頭をした、人型の化け物がいた。

あれがオーク。魔王率いる魔族の一兵だ。


「魔王軍が…こっちに来てるってことですか?」

「そんなのわかるわけないだろ?今はとにかく、隠れてやり過ごすんだよ!」


その場の全員が息を殺しながらじっと待つ。

叶うなら、このまま何事もなく、オークが去ってくれれば最高だ。


「ブヒヒヒ、まったくゾガン様も無茶言ってくれるブー。近くに人間の村があって、助かったブー」

「こんなしょうもない命令、とっとと終わらせて帰るブー」


オーク達は、その豚鼻を虚空でひくつかせる。ピクピクと動く丸い鼻は、生理的な嫌悪感をもたらす。


「何をやってるんだ…?」


ユメタロウは、窓の外をじっと見た。

するとオークの一体が、村の家屋のひとつの壁を、手に持った棍棒で殴り始めた。

家の壁には大きなヒビが入り、何回か叩いたところで壁は崩れた。

オークは開いた穴から中に入る。何をしているのか、壁が崩れた際の土煙でよく見えない。


「ブヒブヒ。見付けたブー!手間かけさせやがって」

「全くだブー。まあ人間の子供は小便臭いから、この程度は簡単だブー」

「見付けたかブー?」

「見付かったブー。帰るブー」


家から出てきたオークが抱えていたのは、一人の女の子だった。

村の子供をさらおうとしている。ユメタロウの顔が強張った。


「いやぁああああ!!」

「大人しくするブー。面倒を増やすなブー」

「助けて、助けてぇええええ!!!」


ごわごわのシャツを着た、長い耳の女の子。

あれはユリーだ。この世界で最初に会った女の子。


「ユリーちゃん…!?子供達と一緒に遊んだとき、いなかったのに…」

「嘘でしょ…!?」


別の窓から様子を窺っていたユカも、目を見開いて驚いている。

ユリーは確かに室内で大人しく隠れていた。だがオークはそれを看破し、彼女を抱えて去ろうとしている。

だが、誰も助けに行かない。村は依然として沈黙を保っている。


「おとうさぁあああん!おかあさぁあああん!やだ!やだぁあああああ!!」


ユリーの泣き声と共に、オーク達は森の向こうへ去っていった。

それを見たユメタロウは、震える足で立ち上がった。


「僕の認識が甘かった…」


うわ言のように呟いて、ユメタロウはゆっくりとドアの方へ向かう。

外に繋がるドアだ。


「魔王がいるってことは、魔王の軍団にひどい目に遭わされてる人がいて、それは…それはこういうことなんだ」


ドアを開け、震える足で一歩、二歩。


「どこ行くの!?」


ユカが、出ていこうとするユメタロウの背中に声をかけた。


「畑仕事したり、子供達と遊んだり、してたけど…そればかりだったら良かったけど…けど、それだけじゃダメだったんだ」

「ユメタロウ君!行っちゃダメ、死んじゃうよ!」

「ユカさん、僕行かなくちゃ…ユリーちゃんを助けに行かなくちゃ…」


ユメタロウの足は、遠目から見てわかるほど震えている。

理由は明白だ。それは恐怖。

これから待ち受ける怪物への恐怖だ。


「私だってユリーちゃんを助けたいよ。でも怖い、怖いんだって!ユメタロウ君だって、怖がってるじゃん!」

「うん、怖い。でも、ユリーちゃんの方がもっと怖がってるんだ…」


ユカは、その言葉で、オークに捕まったユリーの心中を想像した。

ユカやユメタロウよりも、もっと恐怖し、怯えているはずだ。


「その方が、耐えられないんだ…」


震える声と震える両足で、ユメタロウは後ろを振り向く。

ユカは、ユメタロウを見つめることしかできない。


「お待ち!」


しかし、ユメタロウを止める声があった彼を呼び止めたのは、アリーだった。

小皺の増えてきた顔を歪め、必死でユメタロウを呼び止める。


「オークってのは兵隊五人でようやく倒せるバケモンなんだ、それが三体だよ!?アンタ一人で行ったって、無駄死にするだけじゃないか!」


それは暗に、ユリーが村に見捨てられた理由を指していた。

この村の全員が束になっても勝てないのだ。抵抗したら、村が全滅する。

だから、子供一人を犠牲にするしかない。


「アリーおばさん、ジュリーさんに伝えてください…」

「なっ、何をだい!?」

「こんな僕を泊めてくれて、この村にいさせてくれて、ありがとうございました…!」


そう言い終わると、ユメタロウは走り出した。

自分の中の恐怖から逃げるように、がむしゃらに走る。


「よせ、戻ってこい!」


民家から身を乗り出して、村人の一人が叫ぶ。その声さえも、ユメタロウは振り切って走った。





オークの去っていった森にて、ユメタロウは視線を巡らせて探し物を始めた。

今探しているのは、痕跡だ。オークの足跡でも見付けて辿れば、ユリーの元へ辿り着けるかもしれない。


「後ろ」

「えっ?」


頭の中で声がする。それに従って振り向くも、そこには誰もいない。

だが見付けたものはあった。森の土の上に、点々と原色の色があったのだ。


「これは…絵の具?」


ユメタロウは、子供達と遊んだときに、ユリーが居なかった理由を察した。

ユリーはあのとき、家でお絵描きをしていたのだ。そしてそのとき使っていた絵の具を、オークに捕まっても持っていた。


「これを追っていけば!」


ユメタロウは再び走り出した。

例え無謀でも、誰かの命を救うために、走り出した。

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