ユメタロウ 異世界スローライフその2
朝飯を食べ終えたユメタロウを待っていたのは、子供達だった。彼らは遊び相手を探していたのだ。
六人の少年少女に連れられて、ユメタロウは柵に囲まれた平原に辿り着く。
「ユメタロウ兄ちゃん!追いかけっこしようぜ」
「追いかけっこ?」
「兄ちゃんが鬼な!」
最初の一人がそう宣言すると、残り五人もそれに追従し、全員が一斉にワーッと駆け出した。
鬼として指名されたので、ユメタロウは彼らを追いかけなければならない。
「よーし…」
柵の中とはいえ、平原はそこそこに広い。体の大きさはアドバンテージにならないだろう。
ユメタロウは全力疾走で挑んだ。
「きゃー!」
「わー!」
子供達は笑顔で走り回る。
ユメタロウはというと、全然追い付けていない。
一人が近付いた瞬間に腕を伸ばしても、小柄な体はすぐに避ける。
走って接近しようにも、足の速さもエネルギーも向こうの方が上だった。
始まってから百数秒、ユメタロウは既に満身創痍と化した。
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ!子供ってすげぇぇ…」
目を見開いて深呼吸。顔中の汗を袖で拭う。
立ち止まって休憩する間にも、子供達は柵の中をぐるぐると走り回る。
「こっちだよっ!」
「まだ休んじゃダメだよ~!」
「早く早く!」
あんな小さな体のどこにあんな元気があるのだろうか、子供達は一切足を止めず、芝生の上を行き交う。
ユメタロウはフラフラと立ち上がった。
「か、勘弁して…」
農作業よりもきつい。そう叫びたくなるのを抑えつつ、ユメタロウは子供達を追い掛けた。
「あー、しんどかった!」
空のコップをテーブルに置いてから、ユメタロウはそう言った。
あのあと、昼御飯の時間となるまで子供達と走り回ったお陰で、もうヘトヘトの極みだった。
今から昼御飯をたっぷり食べて、午後の仕事もやり遂げなければ。
「ユメタロウ君、おまたせ!」
「おっ、待ってました」
お盆を持ったユカが、和やかな笑顔で現れた。
ユカはユメタロウと同じストレンジャーだ。彼をこの村に連れてきたのも彼女だ。
ユメタロウより先にこの異世界に来たユカは、この村で、村人達の食事を作る料理当番として働いていた。
「わぁ、美味しそう。これ全部ユカさんが?」
「パンと炒め物はおばさんが用意して、スープとオムレツは私が作ったんだー。」
ユメタロウの目の前に皿が並べられる。
玉ねぎとジャガイモが浮いた黄金色のスープ。
焦げ茶色の真ん丸なパン。
白いキノコと、レタスに似た野菜の炒め物。
それから、刻んだソーセージとトマトが入ったオムレツ。
「いただきます!」
「はい、いただきます」
ユメタロウはフォークをとり、料理を次々口に運んだ。ユカも、ユメタロウの反対側に座り食べ始める。
他の村人は二人より先に食べ終えていた。仕事が長引き、昼御飯を食べるのは二人が最後になった。
「おいしー!すごく旨いよ!」
「ストレンジャーの舌にも合うんだね、よかった」
「言われてみれば、元の世界とほとんど同じ味付けだ…」
「塩とかだけじゃなくて、香辛料や発酵調味料も沢山あるんだよ」
「そうなんだ。ご飯の味は心配しなくて良さそうだね」
異世界の料理は、ユメタロウの舌にも合う絶品だった。
片っ端から口に入れていき咀嚼し、飲み込む。
空腹もあり、ユメタロウは昼飯をあっという間に平らげた。
「ユカさんって、お料理上手なんだね」
「向こうにいたときはね、調理師の専門学校に通ってたんだ」
「道理で料理が美味しいわけだ…ユカさん?」
元いた世界の話を口にしたとき、ユカの顔色が目に見えて暗くなった。
ユメタロウはその時、彼女の目が少しだけ赤く腫れているのに気付く。
「ユカさん…?」
「あぁ、ううん、なんでもないよ!食べ終わったら、お皿洗うの手伝ってくれる?」
「OK、まかせて」
ユメタロウは、ユカの気分を変えようと、大袈裟に明るく振る舞う。
しかしユカの食事は、喉を通らないのか、遅々として進まなかった。
石の台の上に置かれた桶に手を突っ込み、ユカは羊毛のたわしで皿を擦る。
この世界に石鹸があるのは幸いだった。泡が油汚れをあっという間に拭ってくれる。
水洗いするのはユメタロウの仕事だ。別の桶から水を掬い、ユカから手渡された泡付き皿を綺麗に流す。
「ねえ、ユメタロウ君」
「どうしたの?」
手を止めずに、ユカがお喋りを始めた。
「ユメタロウ君は、こっちに来る前、女神って人と…会った?」
「会ったけど…」
「女神って人は、何て言ってた?」
「何てって…」
ユメタロウは一旦皿洗いをやめ、異世界転移する直前に会った女神が話したことを、記憶から掘り起こそうとした。
「手違いで死なせた、新しい世界で別の人生、望んだ力を与える、魔王がいるから、倒したらごほうび…」
「私もそんな感じのことを言われたんだ。ごほうびっていうのは、なんなんだろう?」
「神様だから…願いをひとつだけ叶えてくれたり?」
「もしそうだとしたら…私は、元の世界に帰りたい」
「ユカさん…」
ユメタロウは、彼女の目が赤く腫れている理由に気が付いた。
彼女は、元いた世界に大きな未練を残していたのだ。
それが、突然こんな場所に連れてこられてしまった。パニックになるのも、泣いてしまうのも無理はない。
「ユカさん…」
ユメタロウは、ユカにかける言葉を必死に探した。頭の中をぐるぐる回して、誰かを慰める言葉を必死に探した。
その時、台所の戸を荒々しく開けて、エプロン姿の中年女性が入ってきた。
「アリーおばさん?」
ユカは驚きながらその女性の名を呼んだ。ユカと一緒に料理番をしている村人だ。
そのアリーが、血の気の引いた顔で叫んだ。
「隠れて!オークだよ、魔族が来たんだよ!」
二人のストレンジャーは、訳もわからず呆然とするしかなかった。




