マナカ ストレンジャーの戦い
「ほー、あれがマナカちゃんの『力』かぁ」
それは言うなれば、トゲだらけのカミキリ虫を人間の形にしたような存在だった。
二メートルを越す筋骨粒々の体、右手から延びる刃、人間の素肌はなく、そこにマナカの面影は一切無い。
吹っ飛ばされたキマイラは、変化したマナカを睨み付ける。
二匹の化け物が、にらみ合いをしながらじりじり距離を詰めていく。
先に仕掛けたのはキマイラの方であった。駆け抜けて、前足をマナカに振り下ろす。
マナカは素早い身のこなしでそれをかわすと、瞬きの早さで刃を振るった。
キマイラの脇腹、ライオンの部分に一筋の切れ込みが入る。
空振りした前足は、平原の土を抉り出した。生身の人間が食らえば即死だろう。
「後ろ!」
荷車の一つに乗っていた男が叫ぶ。
振り返ったマナカに、キマイラの尻尾が躍りかかった。
噛み付こうと大口を開く大蛇。しかしこれも、変化したマナカの刃によって断たれる。
ぶつ切りにされた蛇が、地面の上でのたうち回る。
「飛んだ、キマイラが飛んだぞ!」
羽を羽ばたかせて飛翔するキマイラ。鷲のそれと一致する外見だが、どんな鳥より大きな羽はライオンの体を空に持ち上げる。
キマイラが滑空しながらマナカに体当たりをしかける。吹き飛ばされるマナカ。
甲羅にヒビが入る。常人が食らえば即死だろう。
キマイラが反転してマナカを狙う。飛行する敵は厄介だった。変身してさえ対応できない。
立ち上がった相手に向かって、魔獣が突撃する。
「それ以上好き勝手はさせねえよ」
たたたん、たたたん。小太鼓を叩くようなリズムで、破裂音が鳴り響く。
キマイラの羽を弾丸が通過し、羽根と鮮血を空に散らばらせた。
マナカが荷車の一台を見る。リラックスしたように座っているダイスケの手には、一丁の銃が握られていた。
これがダイスケの『力』だった。
「マナカちゃん、トドメお願い」
先ほど虚空から作り出した自動小銃を構え、ダイスケはマナカに呼び掛ける。
それに応えるように外骨格の戦士が走り出した。
キマイラはそれの方向に顔を向ける。だが、マナカへの攻撃を食い止めんとダイスケが弾を浴びせかけた。
皮膚を食い破る弾丸。痛みに一瞬動きを止めるキマイラ。
変身したマナカが走り、すれ違い様に右手のブレードを振るった。
キマイラの首から、大量の鮮血が溢れ出す。
「やった…」
荷車商隊の誰かが呟いた。
キマイラは前足で自分の傷口を掻いた。血が出るのを止めようとしたのだろう。
だが、滝のように流れる深紅は留まるところを知らず、やがて回りを真っ赤に染めた後、キマイラはその場に倒れこんで、動かなくなった。
「お疲れ!」
ダイスケが、元に戻ったマナカに近寄る。その手には自動小銃はない。
生み出した物は任意で消せる。それがダイスケの力だった。
「一人でもやれたし」
「まあそう言うなって、体当たり食らってたじゃん…その腕大丈夫?」
マナカの左腕は、先程のキマイラの攻撃で折れていた。
肘とは真逆に曲がっている。
「平気だから」
そう言うが早いか、マナカの腕は元通りになっていた。
再生能力だ。ダイスケはすぐに気付く。
「俺が『物体生成』なら、マナカちゃんは『身体変成』かな?」
「わかんないけど、そんな感じだと思う」
「どうして変身中に再生しなかったの?」
「一度に三つは無理だって言われた。たぶんそのせい」
「一度に三つ?」
ダイスケがおうむ返しに聞き返す。マナカは治った左手の指を三本立てた。
「外骨格、腕の剣、筋力。コレで三つ」
「それで埋まってたから再生できなかったのか。俺も、小物以外は作るのにインターバルが必要なんだ」
「あの女神サマっての、ケチだよね。制限なんか付けちゃってさ」
「まあ、無いよりは遥かにマシだよ。そう思っとこう」
キマイラの死骸の隣で二人が話し込んでいると、隊商の方から呼び掛けがあった。
「お二人とも、お疲れ様です!助かりました~!」
「このまま進みますので、戻ってくださ~い!」
そちらの方を振り返り、ダイスケが叫ぶ。
「りょうか~い。行こう、マナカちゃん」
「ん」
三本角の牛が引く荷車の方へ歩きだすダイスケとマナカ。
しばらくして、マナカは後ろを振り返った。
「どうしたの?」
「なんでもない」
ダイスケもその方を見て、納得した。
風が吹き、草むらが揺れる。太陽と青空と湖。素晴らしい景色だ。
いつまでも見たくなるよな、と呟くと、ダイスケは手のひらの上に物体生成を行った。
ダイスケの手の上には、スマートフォンがあった。
「はいこれ」
「なに?」
「スマホ」
「電話繋がんないじゃん」
「写真、撮れば?」
マナカは少しだけスマホを見つめた。
だが、すぐにダイスケに押し返すと、そのまま荷車の方へ歩き去っていった。一房青く染めた黒いロングヘアーが揺れる。
「じゃあ俺が撮っちゃうもんね」
振り返ったダイスケは、スマートフォンで湖の写真を撮った。
そして画面を見て、微笑みを浮かべる。
「ダイスケさ~ん!」
「やっべ!」
呼び掛けに、慌てて走って向かうダイスケ。
さっきまでの死闘の空気もすでに消え、隊商の荷車は、湖の向こうの森へ入っていった。




