マナカ 異世界の生活
湖の脇の草原。そよ風が吹き、少女の髪を揺らす。
「いや、すいませんお二人とも…まさか向こうの橋が崩れてるだなんて」
「別にいいよ、どうせ暇だし。気にしないで」
「ありがとうございます。このぶんだともう一日野宿になると思います」
四本角の牛二匹が引く荷車の上で、マナカはぶっきらぼうに受け答えする。
いつの間にか死んでいて、いつの間にか女神と名乗るヤツにここに連れてこられた。彼女は今の生活に慣れたが、それでも違和感は拭えない。
黒い地毛の一部を青く染め、片耳にピアス。黒いジャケットとジーンズはどちらも金具が大量にある。
飾り気やプリントの無い異世界人と比べるべくもなく異質なパンクファッション。彼女は異世界転移者、ストレンジャーと呼ばれる人間であった。
「まあ、そうぶすくれるなよ。旅の仲間が怖がる」
「これは生まれつきの顔なんですけど」
後ろの荷車から声を投げ掛けるのは、ダイスケと名乗る男だ。
逆立った単発は根本が黒く、それ以外は金色に染められている。その顔には、常に笑顔が浮かんでいる。
彼もマナカと同じストレンジャーだ。
「それより、もう無いの、あれ」
「いいや、いくらでも出せるよ。ほら」
「ん。どーも」
ダイスケは、手のひらの小物をマナカに向かって投げた。マナカは振り向いてそれを受け取る。
包みのビニールを破くと、桃色の棒付きキャンデーが現れた。
「あむ。ん、ん~ぷぁっ」
マナカは迷いもなくそれを口に入れる。ムスッとした顔はそのままだが、キリキリした雰囲気は和らいだ。
「で、この世界の話なんだけど」
「うん、まあ君よりはよく知ってるよ。文明自体は中世ヨーロッパみたいなもので…」
「中世ヨーロッパって、何」
「…」
ダイスケが頭に手を置き、少しの間だけ目をつむった。
そして、マナカの方を向いて話を再開する。
「ゲームはしたことある?」
「しない」
「漫画とか、小説とかは読む?」
「読まない」
「じゃあアニメは?」
黒い地毛を揺らしてマナカは首を横に振る。
ダイスケは微妙な顔をして、頭をかいた。説明が難しい。ゲームも漫画もアニメも興味がないとは、この娘は本当に現代人か。
「今言ったもの全部無いよ、ここ」
「ふーん」
「あと、怪物が沢山いて、魔法使いも沢山いて、それから王様とかお姫様とかも沢山いる」
「スマホもパソコンも無さそう」
「無いよ」
「最悪」
キャンデーを口に含みながら荷車の上で寝転び、顔を横に倒す。
マナカの視線の先には、風に揺れる草花。そして澄んだ湖。
「でも景色は綺麗かも」
彼女のいたコンクリートジャングルでは、こんな自然風景は無かった。電気の明かりと無数の騒音に囲まれた場所から来たマナカにとって、この風景こそが異世界の証だった。
できるならずっと見ていたい、と思ったりしてしまう。
「うわぁ!キマイラだぁああっ!」
突然、空気を引き裂くような悲鳴が耳に届いた。
荷車の列の進む先、青々と繁る森の中から、巨大な獣が現れる。
「何あれ」
「ああいうのが出るって言ったろ」
「怪物だね」
ライオンの頭に鷲の羽根、尻尾は蛇で角はヤギ。様々な動物の特徴を持つ化け物が、荷車の列に顔を向けた。
「だ、ダイスケさぁん!」
「落ち着きなさいって、野良の動物は刺激しなけりゃ問題は…」
「野良のキマイラなんざいません!アレは人工の魔獣なんです!」
「あ、そうなの?」
ターバンのような帽子を被った荷車隊の主が叫ぶ。
その声に引き寄せられるように、キマイラは獅子の足を動かして荷車に飛び掛かる。
「わぁあああ!!」
襲い掛かられた荷車の乗り手が、腰を抜かしながら泣きわめく。
最早彼は怪物の餌食となるしかない。
だが、キマイラの脇腹にぶつかる影が一つ。
それは、二つの腕と二つの足を持つ、人に似た全く別の何かだった。




