ユメタロウ 旅立ちの夜
空に月がかかり、星が煌めく夜。岡の上に立つ家の中で、ユメタロウは旅支度をしていた。
麻布で拵えられた袋に、着替えや日洋道具を入れていく。盗みをしたくないので、持っていって良いと言われたものだけを見繕う。
異世界の夜は、星明かりと月明かりだけでじゅうぶん周りが見える。無駄な灯りを使わずに作業は進められた。
「よし、と…」
できうることはした。軽く手を払い、ユメタロウは袋を持ち上げてみる。
軽い。大して物は入っていないからだ。ここに来てまだ数日と経っていないユメタロウには、荷物など極僅かしかない。
それは同時に、この村における思い出の少なさと比例していた。
抜き足差し足で階段を降り、裏口に回って家を出る。
フクロウや虫が鳴く声が、ユメタロウを引き留めているようにも感じられた。
「準備できた?」
家を出たユメタロウの前に、ショートボブの女性が歩み寄る。
ユカもまた、ユメタロウと同様に麻袋を持っていた。
「僕はもう大丈夫。ユカさんは?」
「あたしも問題ないよ」
「そう、良かった。行こっか」
「うん」
二人の間には暗黙の了解があった。
この村にオークが現れて、ユメタロウは魔王が存在すること、魔王に苦しめられている人がいることを身を持って理解した。
彼が魔王の尖兵をやっつけたその日の晩、ユメタロウはユカに、魔王に苦しめられている人をなんとかしたいと相談した。
ユカも、それに同調の意を示した。オークにさらわれたユリーに何もしてあげられなかったのが、心の重みになっていたからだ。
二人は、特殊な能力を持つストレンジャーとして、自分に与えられた力の使い方を見直した。
その結論が、魔王との戦いだった。
二人とも、優しさを美徳とする向こうの世界の出身であり、また誰かを放っておけない性格だった。
「村のおじさんに地図を見せてもらったんだけど」
「うん」
「北西に行った所に、パスゲート王国っていうのがあって、そこの要塞が近いみたいなんだ」
「要塞を目指すの?王都に直接向かった方が良いんじゃない?」
「僕達の荷物じゃ、王都に行くまでにバテてしまう。ストレンジャーだってことを教えれば、要塞にいる兵隊のお世話になれるかもしれない」
「なるほどね、わかった。じゃあ、その要塞に行こっ」
二人は、ユメタロウの指した方向へ向け、足並みを揃えて歩き始めた。
だが、すぐに足を止める。
「あれは…」
闇夜の中、こちらに歩み寄る老婆の姿。村長代理のジュリーであった。
二人にをじっと見つめ、歩みを止めずに近付いてくる。
やがて、ジュリーはユメタロウとユカの前に立った。二人と会話ができる距離だ。
「出ていくつもりなのかい?」
「ジュリーお婆ちゃん…」
「ジュリーさん、突然夜逃げみたいなことをしてごめんなさい。でも、僕達の力で助けたい人達がいるんです」
「ご飯や寝床をお世話になったお礼も十分できてないのに勝手かもしれないけれど、どうか私達を行かせてくれませんか」
ユメタロウとユカが、それぞれジュリーに懇願する。
だが、ジュリーは首を横に振った。
「止めに来たんじゃあない。お礼だなんて、ユリーを助けてもらって、十二分だよ」
「ごめんなさいジュリーお婆ちゃん。でも、一刻を争うんです」
「この村にオークがやって来たってことは、魔王の軍団がすぐそこまで来ているかもしれない。時間の猶予がないんです!だから…」
言い終えようとして、ユメタロウは言葉に詰まった。
短い間だったが、この村で出会った人々に、まだお礼のひとつも言えていない。
異世界から来た自分達を暖かく迎え入れ、住む場所を共にした彼らに、なんの言葉もない。
ユメタロウは、自分がそんなことも気付けずに出立しようとしたことを悔いた。
「良いんだよ。それが、ストレンジャーというものさね」
ジュリーは、かぶりを振った。
「あんたらに知っておいて欲しいことがある。ファーストストレンジャーのことだよ」
ジュリーは、片手に持った布の束を二人に放り投げた。ユカが慌ててキャッチする。
ジュリーはもう片方の手に持っていた椅子を地面へ置き、その上に腰を下ろした。
「それはマットだよ、広げて座りな」
「は、はい」
「わかりました…」
二人のストレンジャーは、困惑しながらマットを広げて、その上に座る。
ユメタロウはあぐらで、ユカは体育座りだ。
夜の草原に、月明かりの下、ジュリーが話始める。
「あんたらより前に、ストレンジャーがこの世界に来ていたんだ」
「それが…ファーストストレンジャーですか…」
ジュリーは頷きを返した。
「あたしはね、そのファーストストレンジャーに会ったことがあるんだ」




