◇事前教育は重要です◇後編
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「もう、こんな時間から城に行くなんて、どういうことなのかしら?」
プリプリと怒りながら公園を出た結花は、城に向かっていた。
結花が公園に着いた時には、子供はひとりもおらず、数名のカップルがデートをしているだけであった。
そんな中、念のため子供を見かけなかったか人に尋ねようと、イチャつくカップルを避け園内にあるアイスクリーム屋に立ち寄る。
「すみません。これくらいの子供、見かけませんでしたか? 外校の制服を着た茶色の髪に瞳の男の子なんですけど……」
期待せずに話しかけた結花であったが、店主から帰ってきた返答は「知っているよ」という、実にありがたいものであった。
「何時ごろまでいました? どっちに行ったかわかりますか?」
「小一時間前に魔術師さまと城の方に歩いて行ったよ」
はっきりとした答えに驚きながら「ありがとうございます」と結花が礼を述べると、店主は「いやいや」と顎を触りながら小さな声で話だす。
「いやー、前からちょくちょくその坊ちゃんと年の離れた兄ちゃんが、一緒に公園で遊んでたんだよ」
結花のことを、『貴族の坊ちゃんを探しに来たメイド』だと思っているのだろう。店主は気軽に話しかける。
「年の離れた?」
「ああ。俺も初めは人攫いかと思って警備隊に連絡しようと思ったんだが、仲良さそうにしているもんでな……。良く見りゃ兄ちゃんの身なりもいいし、お貴族様同士、年の離れた友人か兄弟かと思ってたんだが……。驚いたね! まさか魔術師様だったとは!」
興奮気味に話す店主だが無理もない。魔術師など一般庶民には、『ツチノコ』なみにレアな存在なのだ。
「どうして魔術師さまだってわかったんですか?」
「あれよあれ、黒の軍服! くうーっ、格好いいねえ! 子供が憧れの黒の軍服、あれを着たまま今日は来られたのよ。いやあ、まさか魔術師様だったとはねえ。人攫いだなんて通報しなくて良かったよ」
ははは、と笑い声をあげる店主に結花は「へえー」と相槌を打ちながら先を促す。
「それで魔術師様がお宅のところの坊ちゃんに何やら慌てて駆け寄ったあと、仲良さ気に城の方に歩いて行ったんだよ。ま、城に入っていくのを見たわけじゃないが、あの出口は城ぐらいしか行くところがないからなあ」
そういって東にある公園の出入口を示す店主。確かにあの出入口は城とまっすぐ一直線に繋がっており、他に寄る所もほとんどない。
「ありがとうございます。城に行ってみます」
「おいおい大丈夫かい? こんな時間に若いお嬢さんが一人で出かけるなんて、攫ってくれと言っているようなもんだぜ? 家の男の人に頼んだ方がいいんじゃないか?」
「大丈夫です! ありがとうございます」
「そうか? んじゃあ、気を付けてな。また坊ちゃんに、アイスクリーム買ってくれって伝えてくれな」
「はい!」
そういって結花がアイスクリーム屋を後にしたのが十分前。現在は城の門前で事情の説明に四苦八苦しているところだった。
どうみても貴族でもない女性――身なりはいいが、貴族の女性がこんな時間に一人で徒歩で出歩くはずもない。
突然来て、城に入れろというだけでも十分に怪しい。
「息子が魔術師の方に連れられて城に入ってしまったみたいなんです」
ありのまま説明しても、人間嫌いで有名な魔術師が自ら子供を招き入れるわけがない。そのためどんなに説明しても「嘘を吐くな」と一蹴されてしまう。
「騎士団長さまでもメイド長さまでも、魔術師団の副師長さまでもいいから呼んでいただけたらすぐに誤解は解けますから」
結花自身の身元を保証できる人物は限られており、高位の者をここに呼んでくれと言われる度にほいほい呼び立てていたのでは、門番失格である。
当然「無茶を言うな」と悉く断られてしまうが、あきらめる訳にもいかない。必至に食い下がるものの城に入ることが出来ないでいた。
そんなやり取りの最中にピアスが「ピピピピッ」と小さな音を立てるが、出る暇などない結花は無視をする。
--通信機の存在を知らない門番の前で、いま応えたら独り言を言い出した変な人だ。余計に話がこじれてしまうじゃない。
結果、息子の為には後にも引けず、門番とやりあうこと十分。
『ややこしい女性が城に入れろと来ているらしい』と魔術師長が去った平和な城では、こんな事でさえちょっとした騒ぎになる。
野次馬根性でこのやり取りを高みの見物に来た貴族の一人――城で師長さま付のメイドとして働いていたころ、毎朝のお届けで良く顔を合わした財務部の高官である貴族男性が、門番と言い争っている結花を見て慌てて転がるように前に出た。
「こっ、これ! そこの男! 止めないか!」
突如掛けられた声に、門番は不審そうに貴族に視線を向けたものの、どう見ても城のお偉いさんの姿に素直に従う。
「こ、これは、これは、一体どうなされたのですかな?」
揉み手をしながら猫なで声で近寄ってくる貴族の顔を確認して、結花が声を掛ける。
「城の中にどうしても入りたいんです。私のこと、覚えてらっしゃいますか? 財務次官さま、宜しければ私の身元を証明していただけませんか?」
「も、もちろんですとも。忘れるわけがありませんよ……ほら、何をしている。さっさとお入れしないか」
「しかし、いくら財務次官さまのお知り合いといえどもすでに閉門した今、一般人を城の中に入れることは出来かねます。どうしてもというのなら、明日、一般にも開かれた謁見時間に場内にお入り下さい」
あくまで貴族へのごますりよりも職務を優先する門番のセリフに、第三者であればあっぱれと拍手したくなる態度も、当事者ともなれば歯ぎしりしか出てこないのだろう。
結花の表情は険しい。
--もう最終兵器を連れてくるしかないか。
そんな風に結花が考えても仕方なかった。
「わかりました……。関係者以外立ち入れないと言うのなら、夫と参ります」
きっぱりとそう言い、踵を返した結花。
「お、おお、お、お待ち下さい。お、お前、良いからさっさとこの方を城内にお入れしろ」
「しかしっ! 規則で」
「良いから! この方の夫は、魔術師長様だあああ!!!!!」
「…………」
「…………」
「…………」
集まっていた野次馬が次官の絶叫と共に、蜘蛛の子を散らしたかのように一瞬でいなくなる。
その場に取り残された門番と次官、そして結花の間には気まずい沈黙が立ち込め、暗くてもわかるほどに血の気の引いた門番がぎこちない動きで前に突き出していた槍をひっこめると、「ど、どうぞ、お通りくださいませ」と引きつった笑いをみせたのだった。
こうして何とか城に入ることのできた結花は、真っ先に魔術師団の詰所に向かう。
魔術師と一緒に城にいったのなら、まず間違いなくそこにいるだろう。魔術師の性格をよく知る結花は、いくら仲が良いとはいえ、私室にまで招き入れることは余程でない限りないはずだと考えたのだ。
だが詰所に顔を出したものの、見当たらないクロードの姿に結花はどこにいるのだろうと今さらながら焦る。
--まさか私室に? ……本当に魔術師だったのかしら? それっぽい服装なら、見慣れていない人なら簡単に騙せるんじゃ……。
嫌な考えに捕らわれそうになる結花の後ろから、聞き馴染みのある声が掛けられた。
「おや? 師長さまの奥方さまでは?」
「副師長さま……」
「このような時間に、お一人でどうされました?」
愛想がいいといっても、所詮は他人に興味のない魔術師。先程の騒ぎも耳を素通りしているようで、結花は事の説明を始める。
「魔術師が?」
「はい。……ただ教えてくれた方は黒い軍服姿で魔術師だと思い込んでいたようなので、絶対とはいえませんが」
「わかりました。私も一緒に探しましょう。とりあえず、その店主の話を信じるとして、魔術師の私室を調べましょうか」
そう言った副師長さまの言葉尻に被せるように、結花の耳元で「ピピピピッ」とピアスが鳴る。
「すみません、師長さまからです。失礼します」
手短に断りを入れた結花は、ピアスに軽く触れる。
「やっと出たか」
苛立ちを含んだ夫の声が耳元で聞こえ、結花は首を傾げた。
「どうされました?」
「今、……城だな?」
「はい。副師長さまと一緒です。クロードが魔術師の方と一緒にこちらに来たと聞いて迎えに来たんですが、今探しているところで……」
「魔術師の私室だ。魔術師宿舎の二階左端から八番目の個室の中にいる。おそらく部屋の持ち主の名はアルフォンソ・ベルジュ。副師長が一緒にいるならすぐに案内してもらえ。詳しい話はクロードの無事を確認した後だ」
そういってブッツリと途絶えた通信。
「え? ちょっと、師長さま? 嘘? ホントに切ってる……」
「師長さまはなんと?」
「えーと、魔術師宿舎の二階左端から八番目の私室にクロードがいる、と。おそらく部屋の持ち主は、アルフォンソ・ベルジュさんという方だと……」
結花の話を聞いた副師長は、大きなため息を吐きながら首を横に振る。
「アルフォンソ……。おそらく間違いないでしょう。最近入ってきた新人ですが、師長様をご覧になったことがないからでしょう。どうも勘違いをしているようなのです。私にも師長になるべきだとしつこく食い下がる始末で……」
「そうなんですか……あれ? 城を出た後に入った新人のことなんて、師長さまがどうしてご存じなんでしょうか? しかも名前まで……まさか」
「……まさか」
お互いの考えが一致したことで、慌てて指定された部屋へと駆けていく二人。
指定された部屋の扉を力いっぱい開けると、何とも寛いだ姿--ベッドの上に寝そべって、『魔術の基礎』と書かれた本を楽しそうに読んでいるクロードを目にすることとなったのだった。
「お、お母さん?」
慌ててベッドから飛び起きたクロードに「今何時だと思っているの?」と静かに尋ねる結花。
「黙って知らない人について行っちゃダメでしょ!」
「ごめんなさい。でも、まじゅつしだっていうのはわかったから、大丈夫かなって……」
「何もされてない?」
「うん……ここで本をよんでただけ。あとはおかしとジュースくれたから、それ食べてた」
「そう。子供を一人にしたお母さんも悪いから、もう何も言わないけど、次からはこんな事しちゃだめよ? みんな、タマラもお父さんも心配してるんだから」
「うん……」
そっと優しくクロードを抱きしめる結花に静かな声が掛けられる。
「あの、邪魔をして申し訳ないんですが、師長さまに無事をお伝えしなくても?」
「あ、ああ。そうでした!」
クロードの無事にホッと胸を撫で下ろすひまもなく、慌ててピアスを触る結花なのであった。
**
「魔術師団長の職を辞するんだな!」
ニヤッと笑ったアルフォンソは、自分の優位を信じて疑わない。
それに対峙しているレイナードといえば相変わらずの仏頂面。だが男性にしては綺麗ない長い指で、耳元のピアスを触っている。
「何をしている。聞いているのか?」
「うるさい。少し黙れ。……ああ、やっと出たか」
大きな独り言のようにも聞こえるその内容に、勝ち誇っていたアルフォンソの顔がだんだんとこわばっていく。
--「魔術師宿舎二階、左から八番目の私室だ」
この言葉を聞いた瞬間、アルフォンソは口から心臓が出るほどに驚いた。目を見開き、口は顎が外れなそうなほど開いている。
平然としたレイナードを前にして、アルフォンソはようやく『魔術師長の肩書は伊達ではない』ことを理解したが、今さら時間は巻き戻せない。ここまでやってしまったのなら、初心を貫くべしと間違った方向に突き進む。
「……どうして、そんなにもはっきりと断定できるんだ?」
「力を辿ればわかるに決まっているだろう」
「位置を断定することは不可能に近いと聞いているが……」
「それが力量の差、というものだ」
「…………」
「今さら怖じ気ついてももう遅い。クロードを利用したことをせいぜい後悔するんだな」
「…………」
「とりあえずお前の処断は、クロードとユカの無事を確認した後だ。かすり傷一つでもつけていたら、生きてこの屋敷から出られるとは思うなよ」
そう言ったきり口を開こうとしないレイナード。もちろんアルフォンソは蛇ににらまれた蛙状態で、動くことも出来なかった。
重苦しい時間だけが流れていく。
周りに控えていたメイドや侍従に下がるよう告げた後、レイナードは一言も口を開くことはなかった。
何度か話を、いや取引を続けようと試みたアルフォンソであったが、口を開こうとするたびに鋭い眼差しを向けられ、結局声を出すことは出来なかった。
そんな中、一瞬ピクリと反応したレイナードが、先程と同じように静かにピアスに触れながら呟く。
「そうか。怪我はないんだな? --ああ。いや、こちらは気にするな。予期せぬ客人がきたが、俺が懇切丁寧にもてなしておこう」
思わず背筋が凍りつくような悪寒を感じたアルフォンソは、思わずレイナードを見遣るが、別段変わった様子はない。ただ部屋の空気が先程までとは違っていた。重苦しい空気が一変し、殺気がダダ漏れの拷問部屋のようになる。
「残念だったな。クロードはたった今、無事に保護した。怪我や目立った外傷はないようだが、息子を政治取引の材料にした報いは受けて貰わないとな。今後また別の者にこのような安易な考えを持たれても困るんでな」
強者のみせる余裕、だろうか。自然体で話すレイナードに対し、『クロード』という最強の取引材料が何の打つ手もなく、易々と奪還されてしまったことにアルフォンソは唇を噛みしめ必死に言い募る。
「くそっ。だが俺は諦めないぞ! そもそも仕事もせずに自宅に引っ込むというなら、役職は返上するべきだろう! そこまでして肩書が、権力が欲しいのか! この業突く張り!!」
一息で言い切ったアルフォンソは、はあはあと荒く息を吐く。このセリフできっとさらに逆上するだろうなと予想していたアルフォンソを裏切るように、辺りに響き渡ったのは笑い声。
「俺が、魔術師長の座にしがみついている、か。なかなか面白い発想だ」
「なっ、バカにするな! お前が仕事をしないせいで、副師長さまが日々どれだけ大変な思いをなさっていると思っているんだ!」
「副師長が、お前にそう言えと言ったのか?」
それが事実なら、己の副官の謀反とも言えなくない内容なのに、楽しそうに尋ねるレイナードの姿にアルフォンソはなんて不謹慎なんだと怒りを濃くする。
「そんな訳がないだろう! あの方はこのままでいいなんて謙虚なことを仰られたさ。だが他の魔術師だって同じ思いに決まっている!」
「ほう、それは知らなかったな。よし、それならいいだろう。魔術師長の職を副師長に譲ることにしよーー」
「結構です!!」
バアンッという激しい扉の開閉音と共に現れた数名の人間。
その中のひとりが慌てた様子でレイナードの言葉を遮った。
「副師長さま……」
「アルフォンソ・ベルジュ……。貴様、とんでもないことをしでかしてくれたな」
いつも温厚な副師長……のはずなのだが、このときばかりはこめかみに青筋を浮かべ、悪鬼の形相と化している。さすがにその表情に怯むアルフォンソであったが、レイナードは気にした様子もない。「いいところに来たな」と、悪鬼に向かって普通に話しかける。
「どうやら俺は、引き際を誤っていたようだ。これからはお前が魔術師長として頑張ってくれ」
「お待ちください、師長様。今貴方に抜けられたら魔術師は全員過労で死んでしまいます」
あくまで引き留めようとする副師長の姿に、アルフォンソはぎりぎりと奥歯を噛みしめる。
「大丈夫だ。死ぬことはない。魔術師は丈夫なのが取り柄だろう?」
「師長様! 私たちの新人への教育がなっていなかったことはお詫びいたします。ですが、どうかそれだけは」
「副師長さま、どうしてそんなに引き留めるんですか! 今だって仕事をなさっているのは副師長さまで、そんな奴いなくなっても誰も倒れたりしませんよ!」
我慢の限界だったのだろう、アルフォンソが大声で吐き捨てる。
「お前は……。いい加減その口を閉じろ」
ギリッと歯を噛みしめる音が聞こえそうなほど口元を歪めた副師長が、恐ろしく低い声で小さく呟く。
「そもそも大きく誤解をしているんだ。師長様は仕事をなさっている」
「俺は、書類にサインしただけで仕事をしているなんて認めない!」
「黙れ、最後まで聞くんだ! 我々が今している仕事は、もともと魔術師長様がこれまでお一人でされていたものだ。家庭を持った師長様に少しでも新婚を楽しんで頂こうと、我々でもできる簡単な書類だけを回してもらっているにすぎない」
副師長のこめかみに浮かぶ青筋が、理性の限界を伝えている。口調だけが丁寧なので、怖さ倍増といったところか。
「簡単、な?」
「師長様はそれでなくても、お一人でこの国の障壁を維持されている。それに加え我々では難しい転移の魔法陣を形成されたり、最近では魔石の開発にも携わっていらっしゃる。それに陛下や宰相殿から直に持ち込まれる案件も抱えていらっしゃるだろう」
「しかし、城に出仕して来ないと……」
「こちらに執務室を構えておられるので、当然だろう」
「…………」
アルフォンソは、おそらく自分の勘違いにたった今気付いたのだろう。顔色を蒼くしてだらだらと額から汗を流している。
「師長様、この者、どうされますか? 師長様が辞任を思いとどまって下さるのなら、こんな新人の十人や二十人いなくなったところで私は全く構いません」
副師長が至極真面目な表情でそう告げる。おそらく百パーセント本気なのだろう。その言葉を聞いたアルフォンソの身体が傍から見ていてもわかるほどにビクリと跳ねた。
「まって! おとうさん!」
大の大人、騎士であっても入ることの躊躇われるこの場所に、迷うことなく飛び込んだ一人の子供。
「……クロード、怪我はないんだな?」
「はい。アルさんにひどいことしないで……」
「……お前、閉じ込められていたんじゃないのか?」
「ちがうよ! ぼくがまじゅつの本をよみたいってついて行ったんだ……。しんぱいかけてごめんなさい」
「その件については、後だ。先にこいつをどうするかだ」
「師長様、私もクロードと同じ意見です」
副師長と同じタイミングでここに現れたものの、それまで口を一切挟まず玄関脇に控えていた結花が、クロードの後を追うように進み出る。
「ユカ、……全く何なんだ? お前たち揃いも揃って」
呆れたように「はあ」とため息を吐くレイナード。
アルフォンソも声にこそ出さないが、突然現れた味方に今にも気絶しそうであった気持ちを少し取り戻す。
「ここに着くまでに、馬車の中でクロードから話を聞いたんですけど、その方、そんなに悪い方とは思えないんです。確かにクロードを、子供を巻き込んだこんなやり方は卑劣だと思いますけど……」
副師長と一緒に来たユカが、クロードの横に並びレイナードを見上げる。
「これまでにも何度か遊んだり、魔術師団のことを教えてくれたりしていたようなんです。会った後は、子供が一人で出歩くのは危険だっていつも自宅前まで送ってくれたそうです。今日も閉じ込めていたようではないようで、扉には魔術どころか、鍵すら掛けられていませんでした。クロードが帰ろうと思えばいつでも帰れたんです」
結花が苦笑しながら話す様子をみて、アルフォンソはこの女性が魔術師団長の妻なのか、と状況も忘れてまじまじと観察する。
ーー絶世の美女、ではないな。あれほどの権力と美貌と財があるならよりどりみどりだろうに……。こんな状況でも、自分の考えをきちんと述べれる姿は凛として美しいと思うが……。仮にも自分の息子を誘拐した男を庇うなんて、甘いな……。変わった人だ。
誘拐した相手の母親に庇われる。そんな異様な状況の中、初めて見る結花の姿に気を取られ会話を聞いていなかったアルフォンソ。
目の前に歩いてきた結花に気付き怪訝な表情を浮かべた。
そんな彼を前に、にっこりと笑う結花。
何を? と思う暇もなく、勢い良く振りかぶった手で頬を張られる。
フルスイングした手のひらが、アルフォンソの左ほほに命中した。星が飛ぶというのを実体験したアルフォンソは、横に倒れこみ呆然とした表情を浮かべて固まってしまった。
小柄なとはいえ、自分とさほど背丈の変わらない男性の身体をふっとばす。どれほどの力が込められていたのかよくわかる。
「と、これでいいんじゃないでしょうか? ま、次はありませんけどね」
そう言いながら黒い笑顔を浮かべる結花。打った右手が痛むのか、手首をプラプラと振りながら首を傾げた彼女の姿を見て、周りにいる男たちは揃いも揃って頬を引きつらせる。
そんな中、レイナードだけは愉しそうな表情を浮かべているのだった。
頬に明らかに女性の手形だと分かる跡を張り付けたアルフォンソは、二日間その状態で黙々と仕事をこなしたという。
そしてこれ以降、外校への入学免除などの特別措置は廃止となり、変わって必須科目に『魔術師長の業績および取り扱い』が加わったことをロゼフィン家の者たちが知るのは、クロードが外校を卒業し、魔術外校に入学したあとであったという。
結婚式番外編SSもアルファポリス様のサイトで公開予定です。そちらもよろしければご覧ください。ありがとうございました!!
※追記※
3/27 【番外SS◇ウェディング・タイフーン◇】アルファポリス様のサイトで公開となりました。