【第88話】忌まわしき歴史
ダンジョンから戻った大地たちは――。
まず、温泉へ向かった。
「はぁ……」
湯船に身体を沈めた瞬間。
大地の口から、思わず声が漏れる。
「生き返る……」
全身に染みついていた疲労が、ゆっくりと抜けていく。
長時間にわたる戦闘。
そして、極限状態での連戦。
さすがの大地も、身体にはかなりの疲労が溜まっていた。
「……やっぱり温泉っていいな」
大地が呟く。
その隣では――。
「仕事の後の温泉は格別だ!」
豪快な笑い声をさせながら、バルガスが入浴している。
「この温泉すごいぞ……」
戦いを終えた冒険者たちがが気持ちよさそうに目を閉じている。
「疲労だけじゃない、戦いの傷が癒えてる……」
「生命力回復の湯だと…?まさか…こんなものが…」
その表情には、ようやく緊張から解放された安堵が浮かんでいた。
女湯では、エレナやリゼ、ミレッタたちも同じように身体を休めている。
そして――。
温泉から上がった大地たちを待っていたのは、温かい食事だった。
「おかえりなさいませ」
リリィがゆっくりとした声を上げる。
食堂には、湯気の立つ料理が並んでいた。
「リゼさんと一緒に作りました」
「リリィ……」
大地は頭を撫でながら思わず笑う。
「ありがとう」
「えへへ」
リゼも静かに頷いた。
「……お腹、空いてると思って」
「うん。ものすごく空いてる。リゼも疲れてるのにすまないな」
「ダイチの温泉のおかげで、なんともないよ」
席に着くと――。
大地たちは、夢中で料理を口に運んだ。
温かいスープ。
焼きたてのパン。
肉料理に野菜料理。
どれも、疲れ切った身体にはありがたいものだった。
「……うまい」
大地が呟く。
「本当に美味しいです」
エレナも嬉しそうに微笑む。
「よかった」
リゼが小さく呟いた。
その隣で、リリィも嬉しそうに笑っている。
「いっぱい食べてくださいねぇ」
こうして――。
長い夜の戦いを終えた一行は、ようやく日常の空気を取り戻していった。
そして。
食事を終えたところで――。
「さて……」
大地が立ち上がる。
「この子を寝かせてやらないとな」
大地の視線の先には――。
白銀の髪の少女がいる。
まだ目を覚ます気配はない。
「フォルナ」
「は、はい!旦那様!」
呼ばれたフォルナがやってくる。
「この子を部屋で寝かせてくれるか?」
「分かりました」
フォルナは少女をそっと抱き上げる。
「お任せください」
「ありがとう」
フォルナはそのまま少女を抱えて、客室へ向かっていった。
しばらくして――。
「寝かせてきました」
大地は戻って来たフォルナの頭を撫でる。
「ふにゃあ」
フォルナは恍惚の表情を浮かべる。
「ありがとうございます」
エレナが頭を下げる。
「ゆっくり休ませてあげましょう」
「そうだな」
そして。
少女が眠りについたことを確認したところで――。
一行は旅館の食堂へ集まった。
そこにいるのは――。
大地。
エレナ。
リゼ。
ミレッタ。
セリーナ。
バルガス。
そしてリディア。
七人だった。
先ほどまでの穏やかな空気とは違い――。
今度は全員が真剣な表情をしている。
「では……」
バルガスが口を開いた。
「改めて、今回の件について話そう」
「ああ」
大地も頷く。
「まず――」
バルガスが深々と頭を下げた。
「ダイチ、エレナ、リゼ…三人とも本当にありがとう」
「バルガスさん……」
「そして、リディアからもだ」
「え?」
大地が見ると――。
リディアも立ち上がって頭を下げた。
「私からも、本当にありがとうございました」
「いや……」
「今回、あなたがいなければ――」
リディアが顔を上げる。
「多くの冒険者が命を落としていました」
「……」
「私自身も、責任を取らされ、無事では済まなかったでしょう」
「それに――」
バルガスが続ける。
「俺たちだけじゃない」
その視線が、先ほど少女が運ばれていった方向へ向く。
「あの子も、お前がいなければ助からなかった」
「……」
「改めて礼を言わせてくれ」
「……分かった」
大地は小さく頷いた。
「じゃあ、その気持ちは受け取るよ」
「ありがとう」
バルガスが笑う。
それから――。
本題へ入った。
「今回の魔物の異常発生についてだが……」
バルガスが腕を組む。
「原因は、ほぼ間違いないだろう」
「あの装置だな」
大地が言う。
「ああ」
バルガスが頷く。
「少女を核として、魔力を吸い上げていた装置」
エレナが続ける。
「そして、その魔力を利用して大量の魔物を生み出していた……」
「そう考えるのが自然でしょう」
セリーナも頷く。
「実際、装置が破壊された後、魔物の異常発生は止まりました」
「偶然とは考えにくい」
リゼが呟く。
「……あれが原因」
「問題は――」
ミレッタが腕を組む。
「なんで、そんなもんがダンジョンにあるのかってことだな」
「そこなんだよな……」
大地が少女の姿を思い浮かべる。
「誰が作ったのか」
「何の目的で作ったのか」
「なぜ、あの少女を使っていたのか」
一つずつ挙げていく。
「そして――」
大地が言葉を止める。
「そもそも、あの子は何者なのか」
「……」
誰も答えられない。
エレナが静かに口を開く。
「装置についても、少女についても……手掛かりが少なすぎます」
「そうだな」
バルガスも難しい顔をする。
「ダンジョンの奥にあんな装置が存在していたなんて、ギルドの記録にも聞いたことがない」
「だったら――」
リディアが言った。
「戻ったらギルド本部にある古い文献を調べてみます」
「文献?」
「はい」
リディアが頷く。
「過去のダンジョン調査記録や、魔道具、魔物の発生について記された資料があるはずです」
「それでも分からなければ?」
セリーナが尋ねる。
「その時は、ギルド本部の伝手を使って、専門の学者に相談してみます」
リディアは真剣な表情で続けた。
「魔道具に詳しい研究者や、古代文明を研究している学者がいるかもしれません」
「それがいいだろう」
バルガスが頷く。
「俺たちだけで考えても限界がある」
「お願いします」
大地も頭を下げる。
「こちらでも、あの子の様子を見ておく」
「分かりました」
そうして――。
一旦、話はまとまった。
しかし。
誰もが同じ疑問を抱えていた。
白銀の髪。
白銀の瞳。
そして――。
エレナと酷似した容姿。
偶然とは思えない。
けれど。
その答えは、今の大地たちには分からなかった。
「今日はもう休もう」
大地が言う。
「みんな疲れてるだろ」
「ああ」
バルガスが立ち上がる。
「それじゃあ、俺たちは戻るとするか。数日は身体を休めて、再度調査に当たる」
「そうですね」
リディアも立ち上がる。
「少女については、こちらでも調べてみます」
「頼む」
「はい」
こうして――。
長い一日が終わった。
◇ ◇ ◇
食堂を後にした大地とエレナは――。
二人の家へ戻ってきた。
「……」
扉を閉める。
静かな室内。
先ほどまで皆と話していたのが嘘のようだった。
大地は椅子に腰を下ろす。
「疲れたな……」
「はい……」
エレナも隣に座った。
しばらく――。
二人とも何も言わなかった。
けれど。
エレナが静かに口を開く。
「……ダイチさん」
「ん?」
「少し……私の話をしてもいいですか?」
「もちろん」
エレナは俯いた。
「今日、あの子を見て……思ったんです」
白銀の髪。
白銀の瞳。
自分とよく似た姿。
「私は……自分の髪について、大地さんには以前お話ししましたよね」
「ああ」
大地は頷く。
「生まれつき白銀の髪だったこと」
「はい」
エレナは自分の髪をそっと撫でた。
「私は、この髪のせいで……幼い頃から忌み子として扱われてきました」
大地は黙って聞く。
「白銀の髪を持つ者は、不吉だと」
「人ではないと」
「魔女なのではないかと……」
エレナの声が少しずつ小さくなる。
「けれど――」
エレナは顔を上げた。
「私には、普通の人とは違う力がありました」
「魔力だな」
「はい」
エレナは頷く。
「私の魔力は……常人の数十倍ほどあったそうです」
「数十倍……」
「幼い頃から、誰かに教わらなくても魔法を使うことができました」
エレナは苦笑する。
「そして……普通の人には見えない、微精霊たちも見えていました」
「それが、余計に……」
「はい」
エレナは静かに頷いた。
「周囲からは、羨ましがられました」
「でも同時に――」
「恐れられました」
「……」
「自分たちより強い魔力を持つ子供が、普通の人には見えないものまで見ている」
エレナは目を伏せる。
「だから……嫉妬されて、避けられて」
「人外のように扱われることもありました」
「……辛かっただろ」
「はい」
エレナは少し笑った。
「正直に言えば……辛かったです」
それでも――。
エレナは続けた。
「それでも、私は道を踏み外さずに済みました」
「家族がいたからです」
「……お父さんと、お母さんと……妹さんだったか」
「はい」
エレナが微笑む。
「私は、家族から愛されていることだけは……ずっと感じていました」
エレナの父。
現在のハイデンベルク皇国皇帝。
厳格で、寡黙な人物だった。
「父は、決して優しい言葉をたくさんかけてくれる人ではありませんでした」
「でも――」
エレナの表情が少し柔らかくなる。
「私には、人一倍厳しい教育を施しました」
「第一皇位継承権を持つ皇女として……相応しくなるために」
「白銀の髪というハンデがある私が、誰にも負けない皇女になれるように」
剣術。
魔法。
歴史。
政治。
礼儀作法。
帝王学。
幼い頃から、エレナには人並み以上の教育が施された。
「父なりに……私を守ろうとしていたのだと思います」
「……そうなんだな」
「はい」
エレナは頷く。
そして――。
「母は……父とは正反対でした」
「優しい人だったんだな」
「はい」
エレナの声が少し震える。
「母は……私を見るたびに、何度も謝っていました」
「どうして?」
「私を……こんな髪色に産んでしまったことを」
「……」
「私が苦しんでいるのは、自分のせいだと……」
エレナは目を伏せる。
「母は、自分を責め続けていました」
「今では……体調もあまり良くありません」
「病に伏せているんだな」
「はい」
エレナは小さく頷く。
「私に過酷な試練を与えてしまったのだという思いが……母の中にはずっとあるのだと思います」
しばらく沈黙が流れる。
そして。
「レイシスは……」
エレナが妹の名を口にした。
「幼い頃は、本当に可愛い妹でした」
「私の後をいつもついてきて……」
エレナの顔に、懐かしそうな笑みが浮かぶ。
「姉様、姉様って」
「笑顔の可愛らしい愛嬌のある子だったんです」
「今は?」
大地が尋ねる。
エレナの表情が少し曇る。
「……今は、分かりません」
「何を考えているのか……時々、分からなくなるんです」
「レイシスは第二皇位継承権を持っています」
「そして今――」
エレナは静かに続けた。
「ハイデンベルク皇国は、二つの勢力に分かれています」
「私を推す皇帝派」
「そして、レイシスを推す教皇派です」
「教皇派……」
「はい」
エレナが頷く。
「ですが――」
「現在の教皇は、実質的には傀儡です」
「実権を握っているのは、枢機卿たちです」
大地は黙って聞いている。
「クレア教は、女神クレア様を主神とする宗教です」
「この世界の広い地域で信仰されています」
「そして、その教皇派がクレア教の中枢を握っている」
「……なるほど」
「件の刺客も――」
エレナの声が低くなる。
「私は、枢機卿が放ったものだと考えています」
「皇帝派は、私を守り切ることができませんでした」
「だから……逃がすことで精一杯だった」
「そして、レイシスを皇帝に据えることで……」
「権力を集中させようとしている」
「そういうことか」
「はい」
エレナは頷く。
そして――。
少しだけ、自分の白銀の髪を握った。
「……私が忌み子と呼ばれてきた理由は、もう一つあります」
「この髪色には――」
エレナは静かに言った。
「ハイデンベルク皇国の歴史そのものが関係しています」
「歴史?」
「はい」
エレナは大地を見つめる。
「白銀の髪は……ハイデンベルク皇国の始祖が持っていた髪色だとされています」
「始祖が……」
「ええ」
「だから本来なら――」
エレナは自分の髪を見つめる。
「誇りにしてもいいはずなんです」
「でも……現実は違った」
「はい」
エレナの声が沈む。
「白銀の髪を持つ者は……始祖と同じようにあまりにも強い魔力を持つことが多かった」
「そして、その力を恐れたクレア教によって――」
一度、言葉を切る。
「魔女と認定された者たちがいました」
「魔女狩り……」
大地が呟く。
「はい」
エレナが頷く。
「白銀の髪を持つ者の中には、魔女とされ……処刑された者もいます。始祖も国を興した後に処刑されています」
「……」
「それ以来――」
エレナは苦しそうに続ける。
「白銀の髪を持つ人間は、忌み嫌われるようになりました」
「始祖の髪色なのに……」
「ええ」
「それでも、恐怖の象徴になった」
「そういうことです」
大地は黙り込む。
そして――。
ふと、今日助けた少女の顔を思い出した。
白銀の髪。
白銀の瞳。
エレナとよく似た顔立ち。
そして――。
尋常ではない魔力を吸い上げられていた少女。
「……エレナ」
「はい」
「あの子も……」
大地が言葉を選ぶ。
「白銀の髪だった」
「……はい」
エレナは頷いた。
「だからこそ……怖いんです」
「何が?」
「偶然なのか」
エレナは自分の髪に触れる。
「それとも……何か意味があるのか」
答えは出ない。
けれど。
一つだけ分かっていることがある。
あの少女は――。
エレナと同じ白銀の髪を持っていた。
「……あの子が何者なのか」
エレナが呟く。
「知る必要がありますね」
「ああ」
大地も頷く。
「絶対に、何かある」
静かな夜。
二人の間に――。
一つの大きな謎が残された。
白銀の少女。
白銀の髪。
そして――。
この世界に隠された、古い歴史。
その全てが交わる場所に――。
一体、何が待っているのか。
大地には、まだ分からなかった。




