【第86話】全力全開の力
「押せぇぇぇっ!」
バルガスの叫び声が響く。
「おおおおおっ!」
三人の冒険者たちが一斉に踏み込んだ。
先ほどまで押し寄せていた魔物の群れが――。
今は、明らかに押し返されている。
「グルァァァッ!」
シャドービーストが飛び掛かる。
しかし――。
「遅い」
リゼが身体を低く沈めた。
ザシュッ!
一瞬で懐へ入り込み、二振りの短剣を振り抜く。
シャドービーストが倒れる。
その横では――。
「せぇぇぇいっ!」
エルザの大剣が振り下ろされた。
ドゴォンッ!
魔物が地面へ叩きつけられる。
「次!」
「右!」
「任せろ!」
二人が互いの死角を補いながら、次々と魔物を倒していく。
その後方では――。
「――アイスランス!」
ズガッ!
「――ファイアボール!」
ドォン!
「――ライトニング!」
バリィィッ!
エレナの魔法が、次々と魔物を撃ち抜いていく。
しかも――。
一つではない。
炎を放ちながら、同時に氷の槍を生み出す。
氷の槍が飛んでいく間に、別の魔物へ雷撃を落とす。
さらに――。
「――ウィンドカッター!」
風の刃が魔物を切り裂く。
「……すげぇ」
後衛の女性冒険者が思わず呟いた。
「本当に……何者なんだ、あの人」
「考えてる暇はない!」
もう一人が杖を握り直す。
「私たちも援護するよ!」
「はい!」
二人の魔法も加わり、戦線がさらに前へ進んでいく。
「いけるぞ!」
バルガスが大剣を振り抜いた。
「このまま押し切れ!」
「おおおおおっ!」
冒険者たちの声が響く。
魔物の群れが――。
少しずつ。
少しずつ。
後退していく。
そして――。
その隙に、大地は前へ進んでいた。
「……あと少し!」
目の前に――。
巨大なクリスタル。
そこに閉じ込められた白銀の少女がいる。
先ほどまで閉じていた瞳は――。
今は、ゆっくりと開かれていた。
「……!」
大地は足を止める。
少女と――。
目が合った。
白銀色の瞳。
その瞳には――。
恐怖も。
怒りも。
敵意もない。
ただ――。
哀しみだけが浮かんでいた。
「……君」
大地はクリスタルへ近づく。
少女は何も言わない。
ただ、大地を見つめている。
まるで――。
助けを求めているようにも見えた。
「もう大丈夫だ」
大地はクリスタルへ手を当てる。
「今、ここから出してやる」
その瞬間だった。
「……ん?」
クリスタルの奥から――。
淡い光が流れた。
その光は少女の身体を通り――。
クリスタルの底へ集まっていき、少女は痛みに耐えているのか、辛そうに顔を歪める。
そして。
「……なんだ、これ」
クリスタルの根元から――。
黒い魔力が噴き出した。
「――グルァァァッ!」
その魔力が形を変える。
魔物になる。
一体。
二体。
三体。
「……やっぱり」
大地は目を見開いた。
「こいつが……魔物を生み出してるのか」
少女の身体から流れ出した魔力。
それがクリスタルを通して変換され――。
魔物として外へ放出されている。
「ってことは……」
大地は少女を見る。
少女は――。
悲しそうな目で、大地を見つめている。
「この子の魔力を使って……魔物を作ってる?」
おそらく。
このクリスタルは――。
少女を閉じ込める檻であると同時に。
少女の魔力を利用して魔物を生み出す装置なのだ。
「ふざけんな……」
大地の拳が震える。
「こんなの……」
大地はクリスタルを睨みつけた。
「早く壊さないと」
拳を握る。
「おらぁぁぁっ!」
――ドゴォォォンッ!
渾身の一撃を叩き込む。
クリスタル全体が大きく揺れた。
「……っ!」
だが――。
「くそ……!」
ヒビが入った。
表面が少し崩れた。
しかし。
それだけだった。
「こんなのじゃダメだ……?」
大地は拳を見る。
拳が痛み、血を滲ませる。
だが、クリスタルは――。
ほんの一部が欠けただけ。
「こんなの……普通に壊してたら……」
大地はクリスタルを見上げる。
高さは人の背丈を遥かに超えている。
厚みも尋常ではない。
このまま殴り続ければ――。
壊せるかもしれない。
だが。
何時間かかる?
何十分?
いや。
それ以上かもしれない。
「……そんな時間、ない」
大地は背後を振り返った。
「はぁ……はぁ……」
バルガスたちが戦っている。
「くそっ!」
エルザも大剣を振り続けている。
リゼも魔物を倒し続けている。
エレナも魔法を放っている。
状況は優勢になった。
だが――。
それでも、全員が消耗している。
「俺がここで時間をかけたら……」
また魔物が増える。
仲間の体力が削られる。
そして――。
いずれ、また押し返される。
「……ダメだ」
大地は拳を握り締めた。
「時間をかける余裕なんてない」
その時。
ふと――。
頭の中に、あるものが浮かんだ。
ミレッタから渡された――。
一本のポーション。
「……」
大地はアイテムボックスを開く。
その中から――。
一本の小瓶を取り出した。
「これ……使うしかないか」
ミレッタが念のためにと渡してくれたもの。
大地自身も、その効果は理解している。
温泉効能強化LV:EX。
通常ならば――。
身体能力を大きく引き上げる。
だが。
このポーションを使えば――。
「三分……」
たった三分。
しかし。
今の大地には――。
それで十分だった。
「……やるか」
大地は瓶の蓋を開ける。
そして――。
一気に飲み干した。
「――っ!」
瞬間。
身体の奥から――。
凄まじい力が湧き上がった。
「……久しぶりの感覚だ」
全身の筋肉が震える。
心臓が大きく鼓動する。
視界が――。
一気に鮮明になる。
魔物の動きが――。
遅く見える。
「これが……」
大地は拳を握る。
「三十分の一……いや」
力が――。
溢れてくる。
「三十倍……!」
ドンッ!
大地が地面を蹴った。
一瞬だった。
目の前にいた魔物が――。
「――え?」
次の瞬間。
ドゴォォォンッ!
凄まじい速度で吹き飛んだ。
その後ろにいた魔物も。
さらにその後ろも。
大地の拳が通過するだけで――。
次々と魔物が吹き飛んでいく。
「な……!」
バルガスが目を見開く。
「なんだ、あれ……!」
大地は止まらない。
「邪魔だぁぁぁっ!」
拳を振るう。
ドゴォォォンッ!
魔物の群れが――。
一瞬で吹き飛ぶ。
そのまま大地はクリスタルへ向かって走った。
「今度こそ――!」
拳を振り上げる。
「ぶっ壊す!」
――ドゴォォォォォンッ!
クリスタル全体に亀裂が走った。
「――!」
少女の目が大きく見開かれる。
亀裂は一気に広がっていく。
ピシッ。
ピシピシッ。
そして――。
バキィィィィンッ!
巨大なクリスタルが――。
キラキラと輝きながら粉々に砕け散った。
「――っ!」
中にいた少女の身体が――。
支えを失う。
「危ない!」
大地が手を伸ばした。
落ちてくる少女を――。
そのまま両腕で受け止める。
「……大丈夫か?」
少女は衝撃で気を失ったのか何も答えない。
ただ――。
大地の腕の中で、静かに目を閉じている。
エレナと同じ白銀の髪が、大地の腕からこぼれ落ちる。
「……」
大地は少女を見る。
そして――。
ようやく理解した。
この少女を閉じ込めていたものは――。
ただのクリスタルではなかった。
彼女の魔力を奪い。
魔物を生み出し続けるための――。
巨大な牢獄だったのだ。
「もう大丈夫だ」
大地は少女を抱えたまま、静かに言った。
「もう……あんなところには戻さない」
大地の腕の中で眠る少女ーー。
残された魔物の群れを蹴りで一蹴しながら、仲間の元へと掻き分けていった。
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