【第85話】拮抗
それから――。
およそ一時間。
大地たちは、ひたすら魔物と戦い続けていた。
「うおおおおっ!」
大地の拳が、魔鉱狼の頭部を捉える。
ーードゴォンッ!
魔鉱狼の巨体が吹き飛び、別の魔物を巻き込みながら地面を転がっていく。
「……はぁ…はぁ…次!」
振り返った瞬間――。
「グルァァァッ!」
別の魔物が飛び掛かってくる。
大地は身体を捻り、その爪を紙一重でかわした。
「おらぁっ!」
ーードゴンッ!
拳を叩き込む。
魔物が吹き飛ぶ。
しかし――。
その奥から、さらに別の魔物が現れた。
「……くそっ!」
倒しても、倒しても。
奥から魔物が湧き出してくる。
まるで、この部屋そのものが魔物を生み出しているかのようだった。
「右から来るぞ!」
「分かってる!」
「後ろだ!」
「くそっ!」
バルガスたちも必死に剣を振るっている。
だが――。
明らかに消耗していた。
鎧は傷だらけ。
呼吸も荒い。
腕を振るう速度も、最初に比べれば明らかに落ちている。
「はぁ……はぁ……」
黒髪の女冒険者が肩で息をしながら、大剣を構え直す。
「……いつまで続くんだ、これ」
「分からねぇ!」
バルガスが魔鉱狼を斬り伏せる。
「だが、止まるわけにはいかねぇ!」
「分かってる!」
二人が再び魔物へ飛び込んでいく。
大地も拳を握り直した。
「……まずいな」
状況は、完全な拮抗状態だった。
魔物を倒す。
しかし、その直後には新たな魔物が現れる。
こちらが押し返す。
その分だけ、また押し戻される。
まるで終わりのない綱引きだ。
大地は部屋の奥を見る。
そこには――。
巨大なクリスタル。
そして、その中で眠る白銀の少女。
「……あの子のところまで、全然近づけない」
大地は苦虫を噛み潰したような顔をした。
恐らく一時間近くて戦っている。
それなのに――。
ほとんどここから距離を詰められていない。
後少しで辿り着けるのに…。
「このままじゃ……」
大地は拳を握り締め、周りを見渡す。
バルガスたちの体力も、もう限界に近い。
このまま戦い続ければ――。
先にこちらが倒れる。
「なんとかしないと……」
焦りが、少しずつ胸の中に広がっていく。
その時だった。
「ダイチ!」
バルガスの叫び声が響いた。
「後ろだ!」
「――!」
大地が振り返る。
しかし――。
遅かった。
「グルルルル……!」
数体のシャドービーストが、後衛へ向かって一斉に飛び掛かっていた。
狙われたのは――。
先ほどから魔法を放っていた二人の女性冒険者。
「え……?」
一人が振り返る。
目の前に――。
巨大な爪。
「ひっ……!」
もう一人も魔力が尽きかけている。
逃げることもできない。
「危ない!」
大地が叫ぶ。
だが、距離がある。
間に合わない。
シャドービーストの爪が振り下ろされる。
――その瞬間。
ザシュッ!
血飛沫が舞った。
「……え?」
女性冒険者の目の前で――。
シャドービーストの身体が、まるで糸が切れたように崩れ落ちた。
「……な?」
別の一体も。
ザシュッ!
さらに一体。
ザンッ!
一瞬だった。
数体いたシャドービーストが――。
すべて地面へ倒れていく。
そして。
その中心に――。
一人の少女が立っていた。
「……リゼ!」
大地が目を見開く。
赤い瞳。
肩まで伸びた桃色の髪。
そして――。
手にした二振りの短剣。
リゼだった。
「……間に合った」
リゼは静かに呟く。
その隣では――。
「――皆さん!」
エレナが両手を広げていた。
「どうか、耐えてください!」
エレナの身体から、眩い光が溢れ出す。
「――ルミナス・ヒール!」
淡い光が部屋全体へ広がっていく。
傷ついた冒険者たちの身体を包み込む。
「……!」
「傷が……!」
「痛みが引いていく……!」
裂けていた傷が塞がり、消耗していた身体に力が戻っていく。
バルガスも目を見開いた。
「こりゃ……高位の範囲回復魔法か!」
エレナは息を整えながら頷く。
「完全な回復ではありません。ですが……戦える程度には戻せるはずです」
「十分だ!」
バルガスが大剣を握り直す。
一方。
大地は――。
「お前ら……」
二人を見つめていた。
「……なんで来たんだよ」
声が低くなる。
「俺、言ったよな?」
「……はい」
エレナが申し訳なさそうに答える。
「俺が一時間戻らなかったら、入口まで戻ってリディアさんに――」
「それは聞きました」
エレナが大地を見る。
「ですが……」
その瞳には、強い意志が宿っていた。
「ダイチさんが戻ってこないのなら――」
エレナは静かに言った。
「私たちが生きていても、意味がありません」
「……!」
大地が言葉を失う。
隣でリゼも頷いた。
「ーーー女が覚悟を決める時は、愛した男を支える時」
「リゼ……」
「ダイチが死ぬかもしれないのに、外で待ってるなんて無理」
淡々とした口調。
けれど――。
その言葉には、一切の迷いがなかった。
大地は二人を見つめる。
そして――。
「……はぁ」
大きく息を吐いた。
「分かったよ」
怒る気力が抜けていく。
「もう……好きにしてくれ」
「はい」
「ん」
エレナとリゼが頷く。
「ただし――」
大地が指を突きつける。
「絶対に無茶するなよ!」
「……はい」
「分かった」
二人の返事を聞いて、大地は頭を抱えた。
「ったく……」
だが。
その口元には――。
ほんの少しだけ、笑みが浮かんでいた。
「……来てくれて、ありがとな」
「はい」
エレナが微笑む。
リゼも小さく頷いた。
そして――。
「来るぞ!」
バルガスが叫ぶ。
「グルァァァッ!」
大量の魔物が、一斉に押し寄せてきた。
「行くよ」
リゼが短剣を構える。
その隣に――。
黒髪の女冒険者が並んだ。
「……一緒にやるか紅影」
「うん」
「私はエルザ」
「エルザ行くよ」
短いやり取り。
それだけだった。
次の瞬間――。
二人が同時に駆け出した。
「はぁっ!」
エルザが大剣を振り下ろす。
ドゴォン!
魔物の身体が大きく切り裂かれる。
その横を――。
リゼがすり抜ける。
「……っ!」
一瞬。
身体を沈める。
シャドービーストの爪を紙一重でかわし、その懐へ入り込む。
ザシュッ!
首元を鮮やかに斬り裂く。
さらに――。
身体を回転させながら別の魔物へ。
ザンッ!
一体。
二体。
三体。
まるで舞を踊っているように次々と倒していく。
「……なんだそりゃあ」
エルザが思わず呟いた。
以前、リゼが戦う姿を見たことがある。
だが――。
「前より……速い」
リゼの動きは、以前とは明らかに違っていた。
無駄がない。
最小限の動きで攻撃をかわし、相手の懐へ入り込む。
そして、一撃。
また一撃。
確実に急所を狙っていく。
「これが……本当の実力なのか」
エルザは、驚きと同時に尊敬の念を抱いた。
「私も負けてられないな!」
大剣を振り上げる。
「うおおおおっ!」
リゼとエルザ。
二人の前衛が、魔物の群れを押し返していく。
その後ろでは――。
「エレナさん!」
後衛の女性冒険者が叫ぶ。
「右から来ます!」
「分かりました!」
エレナが振り返る。
魔物を確認した瞬間――。
「――ファイアボール!」
炎の球が飛ぶ。
ーードォン!
魔物が吹き飛ぶ。
しかし、その直後。
別の魔物が飛び込んできた。
「――アイスランス!」
氷の槍が放たれる。
ーーズガッ!
魔物の身体を貫く。
さらに――。
「ライトニング!」
ーーバリィッ!
紫の雷撃が別の魔物を撃ち抜く。
「……え?」
後衛の二人が目を見開く。
「一人でそんなに複数の属性魔法が使うことなんてできるはずが…」
エレナは止まらない。
炎。
氷。
雷。
風。
光。
それぞれの魔物の特徴を瞬時に見極め――。
最も効果的な属性を選び、次々と魔法を叩き込んでいく。さらに、前衛の観察も怠らず、回復魔法も完璧なタイミングで熟す。
「前方の動きを止めます!」
「――ファイアウォール!」
ゴォォォッ!
炎の壁が広がる。
魔物の進行を遮ったかと思えば――。
杖を持っていない方の手から、その横から抜けてきた魔物へ、今度は氷の槍が飛んでいく。
「――アイスランス!」
ーーズガンッ!
さらに上空から紫雷が落ちる。
「――ライトニング!」
ーーバリィィッ!
「……同時に……?」
女性冒険者の一人が呆然と呟いた。
「火、氷、雷……」
もう一人も言葉を失っている。
「……まさか並列詠唱…?」
エレナは二人を守るように前へ出る。
「大丈夫です」
「え……?」
「私が守りますから」
そう言って――。
エレナは再び魔物へ手を向けた。
「――ウィンドカッター!」
鋭い風の刃が走る。
ザシュッ!
魔物が倒れる。
「す、すごい……」
二人の女性冒険者は、ただ呆然とエレナを見つめていた。
そして――。
戦況が変わり始めた。
リゼとエルザが前線を押し上げる。
エレナが後衛を守りながら魔物を削る。
バルガスたち四人も、回復によって再び本来の力を取り戻していた。
「押せ!」
バルガスが叫ぶ。
「今ならいけるぞ!」
「おおおおおっ!」
冒険者たちが一斉に踏み込む。
大地も拳を握り直した。
「よし……!」
一歩。
また一歩。
今までまったく進めなかった部屋の奥へ――。
少しずつ。
確実に。
距離を詰めていく。
その先にあるのは――。
巨大なクリスタル。
そして、その中で眠る白銀の少女。
「待ってろ……」
大地は少女を見つめる。
「今、助けに行くからな」
しかし――。
その時。
クリスタルの奥で――。
少女の瞼が、ほんの僅かに震えた。
そして。
ゆっくりと――。
その瞳が開き始める。
白銀の少女は――。
静かに、目を覚まそうとしていた。




