【第84話】白銀の少女
「待ってください、ダイチさん!」
エレナが声を上げる。
しかし――。
大地の手は止まらなかった。
「大丈夫だって」
仕掛けの前に立ち、大地は二人を振り返る。
「俺が入って一時間して戻ってこなかったら、ここを離れてくれ」
「……!」
エレナの表情が強張る。
「そして、ダンジョンの入口まで戻って、リディアさんに状況を伝えてほしい」
「いや、そんな……」
エレナが涙を浮かべ、首を横に振る。
「それでは、ダイチさんを置いていくことになります」
「そうならないように、ちゃんと戻ってくる」
大地は笑った。
「だから、そんな顔するなって」
「でも……」
エレナが何か言おうとした、その時。
リゼが大地の腕を掴んだ。
「ダイチ」
「ん?」
「本当に……一人で行くの?」
「ああ」
「危険」
「分かってる」
大地はリゼの目を見る。
「でも、バルガスたちが待ってる」
「……」
「助けられるかもしれないのに、何もしないなんてできないだろ」
リゼは俯いて顔を見せず黙りこんだ。
やがて――。
掴んでいた手をゆっくり離す。
「……絶対に戻ってきて」
「ああ」
「約束」
「約束する」
大地はそう言って、ダンジョンの仕掛けへ向き直った。
そして――。
足元の窪みに手を伸ばす。
カチッ。
小さな音が響いた。
次の瞬間。
ゴゴゴゴゴゴ――!
ダンジョン全体が大きく震えた。
「きゃっ!」
エレナが思わず壁に手をつく。
「……!」
リゼも身構える。
大地の目の前にあった巨大な石壁が――。
ゆっくりと左右へ割れていく。
その奥から、暗闇に続く細い通路が姿を現した。
「開いた……」
エレナが呟く。
「やっぱり隠し通路だったんだな」
大地は通路の奥を見つめる。
その先から――。
微かに魔力の気配を感じる。
「……行ってくる」
「ダイチさん!」
エレナが呼び止める。
大地が振り返る。
「必ず……戻ってきてください」
「ああ」
大地は笑う。
「俺がお前たちを置いたまま死ぬわけないだろ?」
「それにーーー男が覚悟を決めた顔していたら、黙って送り出すのがいい女ってなもんだ」
そして――。
大地は一人、開かれた岩壁の中へと入っていった。
◇
数歩進んだところで――。
ゴゴゴゴゴ……。
背後から音が響く。
大地が振り返ると――。
開いていた石壁が、ゆっくりと閉じ始めていた。
「おいおい……」
大地が足を止める。
「まさか、戻ることもできなくなるのか?」
しかし――。
石壁は容赦なく閉じていく。
「まあ……」
大地は苦笑した。
「行くしかないか」
そして完全に石壁が閉じる。
通路は再び、闇に包まれた。
大地は一人、奥へ向かって歩き始める。
しばらく進むと――。
「……ん?」
遠くから音が聞こえてきた。
金属がぶつかる音。
魔物の咆哮。
そして――。
人の叫び声。
「急がないと…!戦ってる……!」
大地は走り出した。
「バルガス!」
通路の先から、強烈な魔力の奔流が押し寄せてくる。
そして――。
大地は巨大な空間へ飛び出した。
「なっ……!」
そこに広がっていた光景に、大地は目を見開く。
広大な部屋。
その中央で――。
バルガスたち七人が、無数の魔物に囲まれていた。見える限りでは魔鉱狼やメダルリザードの他、強力そうな魔物が蠢いている。
「グルァァァッ!」
「ギャアアアッ!」
「くそっ! まだ来るのか!」
バルガスが大剣を振り抜く。
ドゴォンッ!
一体の魔物を吹き飛ばす。
しかし――。
すぐに別の魔物が襲い掛かってくる。
前衛を務める冒険者たちは、すでに満身創痍だった。
鎧は傷だらけ。
腕や脚には血が滲んでいる。
大剣を携えた黒髪の女は肩を押さえながら、それでも剣を握り続けていた。
「ぐっ……!」
「まだ倒れるな!」
バルガスが叫ぶ。
その後ろでは、後衛の冒険者たちが必死に魔法を放っている。
「ファイアボール!」
ドォン!
魔物が吹き飛ぶ。
しかし――。
魔法を放った女性が膝をついた。
「はぁ……はぁ……」
「もう魔力が……」
「まだだ! あと少し……!」
誰もが限界だった。
魔物は――。
減っていない。
むしろ。
次々と奥から湧き出してくる。
「くそっ……!」
バルガスが歯を食いしばる。
「これは…年貢の納め時かもなぁ!」
その時――。
「――バルガス!」
聞き覚えのある声が響いた。
「……え?」
バルガスが振り返る。
通路の入口。
そこに立っていたのは――。
「ダイチ……!」
「遅くなった!」
大地だった。
「助けに来たぞ!」
「お前……どうやってここに――」
「話は後だ!」
大地が拳を握る。
「まずはこいつらを片付ける!」
「待て、ダイチ!」
バルガスが叫ぶ。
「数が多すぎる! 一人で突っ込むな!」
しかし――。
大地はすでに走り出していた。
「うおおおおおっ!」
「グルァァァッ!」
大地の二倍近くある巨大なヒョウのような姿をしたシャドービーストが大地へ襲い掛かる。
大地は真正面から――。
勢いよく拳を振り抜いた。
ーードゴォォォンッ!
シャドービーストの脇腹を打ち抜き、巨体が宙を舞い、後続の魔物を巻き込みながら、壁に打ち付けられる。
「なっ……!」
冒険者たちが目を見開く。
大地は止まらない。
一体。
二体。
三体。
迫ってくる魔物を次々と殴り飛ばしていく。
「はああああっ!」
ーードゴン!
「おらぁっ!」
ーーバキィッ!
「邪魔だ!」
ーードォン!
魔物の群れが、まるで紙切れのように吹き飛び蹂躙されていく。その間に後衛のプリーストが残されたMPを消費して回復魔法を唱え、体勢を整える。
「す、すげぇ……」
大きな盾を携えた重装備の冒険者のが呆然と呟く。
「なんだ、あいつ……」
大剣を携えた黒髪の女冒険者も目を見開く。
「旅館の主人じゃなかったのか……?」
「俺たち、普通の商人か何かだと思ってたぞ……」
バルガスが苦笑する。
「言っただろう」
「……え?」
「あいつは、普通じゃねぇってな」
大地はさらに魔物の群れへ突っ込んでいく。
「まだ来るのか!」
魔物が一斉に襲い掛かる。
大地は拳を振り抜いた。
その一撃だけで、数体の魔物がまとめて吹き飛ぶ。
「うそだろ……」
「たいした装備もなく、これだけの数を……一人で……」
冒険者たちの顔に、畏怖が浮かぶ。
恐ろしい。
だが――。
同時に。
「……頼もしい」
誰かが呟いた。
その言葉に、他の者たちも頷いた。
「これなら……」
「まだ戦える」
「俺たちも続くぞ!」
「おう!」
再び、冒険者たちの目に光が灯り、立ち上がる。
大地が切り開いた場所へ、前衛が突っ込んでいく。
後衛も残った魔力を振り絞り、魔法を放つ。
戦況が――。
少しずつ変わり始めた。
「バルガス!」
大地が叫ぶ。
「こいつら、どこから湧いてきてるんだ!?」
「分からねぇ!」
バルガスが魔物を斬り伏せる。
「倒しても倒しても、奥から出てきやがる!」
「奥……?」
大地は魔物を殴り飛ばしながら、部屋の奥へ視線を向ける。
「……!」
その瞬間。
大地の目に――。
巨大な結晶が映った。
部屋の奥。
そこには、人の背丈を遥かに超える巨大なクリスタルがそびえ立っていた。
淡い光を放つ、透明な結晶。
その内部には――。
「……え?」
大地の動きが止まった。
クリスタルの中。
そこに――。
一人の少女が閉じ込められていた。
白銀色の髪。
長く美しい耳。
細く華奢な身体。
眠っているのか、目を閉じたまま動かない。
その姿は――。
あまりにも見覚えがあった。
「……エレナ?」
思わず、大地の口から声が漏れる。
もちろん、エレナではない。
分かっている。
今、自分の背後にはエレナがいる。
それでも――。
「エ、エレナ……?」
もう一度、呟いてしまう。
それほどまでに――。
似ていた。
白銀の髪。
エルフのような長い耳。
整った顔立ち。
ミレッタよりも体は幼く、見た目は10歳程度に見えるが、その姿は、まるで――。
エレナをそのまま映し出したかのようだった。
「なんで……」
大地は魔物を押し返しながら、少しずつクリスタルへ近づく。
「ここに……エレナと同じようなエルフが……?」
その時。
クリスタルの奥で――。
少女の指が、ほんの僅かに動いた。
「……!」
大地が息を呑む。
生きている。
この少女は――。
生きている。
しかし。
なぜ、この場所に閉じ込められているのか。
なぜ、魔物がこの少女の周囲から湧き出しているのか。
そして――。
なぜ、エレナと瓜二つなのか。
「……分からない」
大地は拳を握る。
だが――。
一つだけ、決めた。
「この子も……助ける」
大地はクリスタルを見上げる。
その周囲では、なおも魔物が次々と湧き出している。
「まずは、こいつらを全部片付ける」
そして――。
「そのあとで、必ずここから出してやる」
大地は再び、魔物の群れへ向き直ると同時に、両方の拳に力を込めた。
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