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異世界温泉宿経営♨️ 〜「戦闘スキルをください!とお願いした女神がくれたのは、まさかの“銭湯スキル”でした〜  作者: 回胴めぐり


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【第81話】いざダンジョンへ


夕食の時間が終わる頃。


『大地の湯宿』には、食後の穏やかな空気が流れていた。


「いやあ……満足しましたな」


食事処の一角では、先ほど到着した老夫婦が、満足そうにお茶を飲んでいる。


「ええ。本当に素晴らしいお料理でしたわ」


夫人も笑顔で頷く。


「素材そのものの味を生かしながら、どこか懐かしいような……不思議なお料理でした」


「ありがとうございます」


リゼが厨房から顔を出す。


「口に合ったなら、よかった」


「ええ。とても美味しかったですわ」


老夫婦は顔を見合わせる。


「それに温泉も素晴らしい」


「身体が芯から温まりましたもの」


夫人が嬉しそうに言う。


「長旅で少し身体が重かったのですが、温泉から上がった後は驚くほど身体が軽くなりました」


「それは良かったです」


大地も笑顔になる。


「ぜひ明日の朝も入ってみてください。朝の温泉も気持ちいいですよ」


「もちろん、そのつもりです」


さらに夫人は、部屋に用意されていたアメニティについても絶賛していた。


「それに、あの髪を洗うためのものも素晴らしかったですわ」


「シャンプーとトリートメントですか?」


エレナが尋ねる。


「ええ!」


夫人は嬉しそうに頷いた。


「髪がとても滑らかになりました。香りもきつすぎず、とても心地よくて」


「お気に召していただけて何よりです」


エレナが微笑む。


「石鹸も肌に優しくて……。これほど細かなところまで用意されている宿は、今まで見たことがありません」


「ありがとうございます」


大地は頭を下げた。


日本では当たり前だったもの。


それを、この世界では喜んでもらえる。


それが大地には、少し不思議でもあり、嬉しくもあった。


「これは……また来たくなりますな」


老紳士が笑う。


「私もそう思いますわ」


「ぜひ、またいらしてください」


大地が笑顔で答える。


その少し離れたところでは――。


「おおおおっ!」


「こいつはうめぇ!」


「温泉の後の一杯は最高だな!」


炭鉱夫たちが豪快に酒盛りをしていた。


「おっちゃん達、飲みすぎんなよ!」


ミレッタが呆れたように声をかける。


「大丈夫だ!」


「何が大丈夫なんだよ……」


「温泉で汗を流したから、むしろ健康的だ!」


「酒飲んでる時点で説得力ねぇよ!」


ミレッタの突っ込みに、炭鉱夫たちは大笑いする。


テーブルの上には、湯上がりに用意された冷えたビール。


その泡を一気に飲み干し――。


「ぷはぁっ!」


「これだよ、これ!」


「仕事終わりに温泉入って、冷えたビール!」


「最高じゃねぇか!」


「おっちゃん達、完全に目的変わってない?」


ミレッタが呆れながら笑う。


「温泉が目的だ!」


「最初から酒目的だっただろ!」


「はははは!」


食事処に笑い声が響く。


その光景を眺めながら、大地は思った。


――いいな。


旅館を作る前は、こんな光景を想像したこともなかった。


人が訪れて。


料理を食べて。


温泉に入り。


酒を飲んで。


笑っている。


それだけのことなのに。


大地には、それが妙に嬉しかった。


「ダイチさん」


隣からエレナの声がする。


「ん?」


「嬉しそうですね」


「……分かる?」


「はい」


エレナは微笑んだ。


「ずっと楽しそうに皆さんを見ていましたから」


「そうか……」


大地は店内を見渡す。


「なんかさ」


「はい」


「本当に旅館になったんだなって思って」


「ええ」


エレナも店内を見つめる。


「私も、そう思います」


二人がそんな会話をしていた――その時。


「ダイチさん」


背後から声がした。


振り返ると、リディアが立っていた。


だが――。


先ほどまでとは違う。


表情が少し硬い。


「どうした?」


「少し、お伝えしたいことがあります」


「……何かあった?」


「はい」


リディアは一度、食事処にいる客たちへ視線を向けた。


そして声を落とす。


「バルガスさんたちについてです」


大地の表情が変わった。


「バルガス?」


「はい」


リディアは頷いた。


「本日の夜には、一度こちらへ戻ってくる予定だと伺っていました」


「ああ」


「ですが――」


リディアは言葉を選ぶように続ける。


「まだ戻ってきていません」


大地は眉を寄せた。


「……まだ?」


「はい」


「予定より遅れてるってことか?」


「その可能性もあります」


リディアは答える。


「ですが、今回の調査対象はダンジョンです」


その言葉に、大地の表情が険しくなる。


「……そうだな」


以前、大地自身もあの鉱山へ入った。


魔鉱狼。


メタルリザード。


そして――魔鉱巨獣。


さらに今回は、その奥にダンジョンが存在している。


「連絡は?」


「ありません」


「……」


食事処では、今も楽しそうな笑い声が響いている。


その一方で――。


鉱山の中では何が起きているのか。


大地は静かに立ち上がった。


「分かった」


「ダイチさん?」


「俺たちが見に行く」


エレナがすぐに立ち上がる。


「私も行きます」


「……エレナ」


「大丈夫です」


エレナは真っ直ぐに大地を見る。


「以前も一緒に鉱山へ行きました。それに、今回はダンジョンです。私も行った方がいいでしょう」


「……分かった」


大地は頷いた。


「エレナ」


「はい」


「セリーナとミレッタとリゼに宿を任せて、救出に向かう」


「はい。三人には事情を説明しておきます」


「頼む」


こうして――。


急遽、鉱山へ向かう準備が始まった。


◇


「……ダイチ」


準備を整えていると、廊下の向こうから声がした。


振り返る。


そこには、リゼが立っていた。


腰には――二振りの使い込んだ短剣。


いつもの料理をしている時とは違う、冒険者だった頃の顔をしている。


「リゼ?」


「私も行く」


「……え?」


大地が目を丸くする。


「鉱山へ?」


「そう」


リゼは短く答えた。


「助けに行くんでしょ?」


「いや……」


大地は少し迷う。


「危険だぞ」


「分かってる」


「今回、バルガスたちが戻ってきてない。何が起きてるかも分からない」


「それでも行く」


リゼは迷いなく答えた。


大地は黙り込んだ。


リゼがダンジョンで何を経験したのか。


大地は知っている。


かつて仲間たちと挑み――。


自分だけが生き残ったこと。


仲間を失い。


自らも命を落としかけたこと。


その傷が、今も彼女の中に残っていることを。


「リゼ……」


「怖くないわけじゃない」


リゼが静かに言った。


「ダンジョンは、今でも嫌い」


「……」


「でも」


リゼは腰の短剣に手を添えた。


「私も助けられて、今ここにいるから」


「……ああ」


「だから私も行く」


その目には、揺らぎがなかった。


大地はしばらくリゼを見つめ――。


「……分かった」


そう答えた。


「ただし、無理は絶対にしない」


「分かった」


「危険だと思ったら、すぐに戻る」


「分かった」


「俺の言うことを聞くこと」


「……それは場合による」


「そこは即答で『分かった』って言えよ」


「ふふっ」


リゼが小さく笑った。


その時だった。


「ちょっと待って!」


奥からミレッタの声が響いた。


「ダイチ!」


「ミレッタ?」


ミレッタは何かを握りしめて、こちらへ走ってくる。


「これ、持ってけ!」


「何だ?」


「試作型のポーション!」


ミレッタが小瓶を数個差し出した。


中には、淡い色の液体が入っている。


「ポーション?」


大地が受け取る。


「普通のポーションとは違うよ」


ミレッタが得意げに説明する。


「温泉の成分を使って作ったんだ」


「温泉を?」


「そう」


そこへエレナもやってくる。


「私とミレッタで研究していたものです」


「二人で?」


「はい」


エレナが頷く。


「温泉に入ることで得られる効果を、飲むことで身体の内側から再現できないかと考えたんです」


「それでできたのが、これ?」


「まだ試作段階ですけどね」


ミレッタが瓶を指で弾く。


「飲めば、身体能力や魔力が浸かった時と同じようにに上がる」


「……それって、かなり凄くないか?」


「凄いよ」


ミレッタは胸を張る。


「ただ、まだ効果時間も安定してないし、製造も難しい。だから量産にはまだまだ時間がかかる」


「なるほど」


大地は小瓶を見る。


「つまり、緊急用ってことか」


「そう」


ミレッタは頷いた。


「今のところ、これ一本作るだけでも結構な手間がかかるからな」


エレナが続ける。


「ただ、実験では身体能力と魔力の向上を確認しています」


「じゃあ……」


大地は小瓶を三本受け取る。


「ありがたく使わせてもらう」


「絶対に無茶するなよ」


ミレッタが真剣な顔で言った。


「分かってる」


「特にリゼ!」


「私?」


「ダンジョンで何かあったら、絶対に一人で突っ込むなよ!」


「……分かってる」


「本当か?」


「本当」


「ならいいけど」


ミレッタは少し心配そうにリゼを見る。


リゼも、それに気づいたのか小さく頷いた。


「大丈夫」


「……うん」


ミレッタはそれ以上何も言わなかった。


◇


「それでは、行ってきます」


玄関先。


エレナがセリーナに声をかける。


「ええ。こちらはお任せください」


セリーナは微笑む。


「宿のことは私とミレッタさんで何とかしますわ」


「頼むよ」


大地も頷く。


「お客様には、心配させないようにしてくれ」


「もちろんです」


「ミーナやリリィ、フォルナにもよろしく」


「はい」


そして――。


大地はエレナとリゼを見る。


「行こう」


「はい」


「分かった」


三人は旅館を出た。


夜の森は静かだった。


空には星が浮かび、木々の間から月明かりが差し込んでいる。


けれど――。


向かう先にあるのは、あの鉱山。


そして、その奥に存在する未知のダンジョン。


「……バルガス」


大地は前方を見つめる。


「無事でいてくれよ」


エレナが隣を歩く。


「きっと大丈夫です」


「そうだといいな」


その後ろでは、リゼが静かに歩いている。


腰には、かつて彼女自身を守った短剣。


そして――。


温泉から生まれた、まだ名前すらない新しい力。


三人は森の奥へ進んでいく。


やがて遠くに――。


鉱山の入り口が見えてきた。


大地は足を止める。


「……ここからだ」


エレナが頷く。


リゼも短剣に手を添える。


三人は顔を見合わせた。


そして――。


誰もいない鉱山の中へと、静かに足を踏み入れた。

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